まず押さえたいこと
- KPIの見やすさは、判断のしやすさと同じではありません。図の形や色だけで良し悪しを理解したつもりになると、数字と背景への質問が減る場合があります。
- 図・数値・コメントが併存する資料は、話し合いのきっかけになっていました。何を省くかに加え、異なる情報を行き来できるかが重要です。
- 問題は、図を使うこと自体ではなく、その読み方が固定されることです。指標や基準が変わった際にも、何が変化したかを確認できる資料と会議の運用を考えます。
一目で分かる資料を作ったのに、質問が出ない
経営会議に出す資料を短くしてほしいと言われ、KPIをグラフと色で整理する。数字が並んだ表より読みやすくなり、説明も早く終わるようになった。それは、会議で必要な判断が進んだことを意味するでしょうか。
この論文は、英国の巨大鉄道プロジェクトで、業績報告が視覚的に整理されていく過程を追っています。当初は情報への関心を高めた工夫が、さらに単純化されると、数字の意味や担当者の判断を聞く機会を弱める場合がありました。
焦点は資料の美しさの評価ではありません。その資料を見た人が、何を比較し、何を質問し、どの情報へ戻れるようになったかです。ダッシュボードを作る担当者と、それを会議で使う人の双方に関わる問いです。
図を作る人と使う人、その両方を調べる
研究対象のMegaRailは仮名で、英国の大規模な鉄道インフラ整備プロジェクトです。トンネルや駅の建設を含み、技術、予算、工期、安全など、多くの情報を異なる専門の人々へ伝える必要がありました。研究者は、その報告を担う管理部門を中心に調べています。
調査期間は2017年1月から2018年3月。技術者、管理会計担当者、経営幹部、取締役など30人への42回の面接には、12回の追加面接が含まれます。30日間の参与観察に加え、実際に使われた図表、報告書、プレゼンテーション資料、公開情報を分析しました。
面接では、同じ業績をダッシュボードと文章中心の資料でどう読むか、どこに目を向けるかも確かめています。一般的な好みを尋ねるだけでなく、実物を使った説明と会議での振る舞いを照合することで、資料の使われ方を捉えた研究です。
数十ページの情報を、一本の線で捉えようとした
初めの報告書は、数字と表が多く、読むための時間と専門知識を要していました。経営側は、短く、直感的に理解できる形を求めます。担当者は複数の案を試し、KPIを縦に並べ、それぞれの位置を線で結ぶ図を作りました。論文では、その形からワーム図(worm diagram)と呼ばれています。
各KPIは、右側なら良好、左側なら問題があると読めるように配置され、赤・黄・緑も用いられました。元の図には、数値と基準線が併記されています。ある担当者は、約50ページあった月次報告をA3のダッシュボードに収められたと説明しています。
ただし、安全、費用、工程などのKPIは、算式も尺度も異なります。点をつなぐ線は、指標間の因果関係や共通の単位を示しているわけではありません。線の形を全体の特徴として捉える便利さと、何を比較しているのかという問いが、同時に生まれます。
大きなポスターは、会話を生む資料になった
次に担当者は、複数プロジェクトの図を並べた、大きなポスターを作りました。そこには図だけでなく、財務情報、追加のグラフ、説明用のコメントも置かれています。全体をまとめた資料でありながら、すぐに一つの結論へ読み切れる資料ではありませんでした。
管理部門のオフィスに掲示すると、訪れた人が違いに気づき、その背景を尋ねるきっかけになります。研究者は、こうした情報を並べる関係を併置(juxtaposition)と呼びます。図、数字、文章が、それぞれ別の角度から注意を引き、会話を続ける材料になっていたのです。
ここは、情報量を減らすほど対話が増えるとは限らないという点で興味深い場面です。もちろん、情報が多ければよいわけでもありません。この事例では、全体をつかむ図と、気になった箇所を確かめる情報が一緒にあることに意味がありました。
取締役会向けに、図はさらに単純化された
一方、現場の細部に詳しくない取締役には、ポスターは複雑すぎると考えられました。そこで、複数のワーム図を並べた簡潔な一覧が作られます。この一覧では、KPI名は残りますが、元の数値は図の背後へ隠れ、線の形や左右の位置が強く目に入るようになりました。
論文は、図が数値や文章を覆い隠す関係を遮蔽(eclipsing)と呼びます。報告書全体から数字が消えたわけではありません。詳細ページや情報システムには戻れました。それでも、冒頭の一覧が議論の入口となり、プロジェクトの良し悪しを捉える枠組みを作っていたのです。
担当者は表示を標準化し、どの報告でも同じ位置に同じ情報を置こうとしました。読み慣れるためには有効ですが、慣れるほど、形の意味を改めて確かめずに読めてしまいます。詳細が存在することと、実際にそこへ戻って検討することは別だと分かります。
形が整っていても、業績が良いとは限らない
経営幹部や取締役からは、図がきれいに揃うことで、安心できる絵になってしまうという懸念が出ました。線がまっすぐでも、それが尺度の悪い側に揃っているかもしれません。資料が整っていることと、仕事が順調であることを取り違える危険です。
別の懸念は、担当者の判断が見えにくくなることでした。KPIを示すだけでは、担当者が何を問題と捉え、どの対応が必要と考えたかまでは分かりません。図の形を読み取ることで報告を理解したつもりになれば、その判断を聞く機会が弱まります。
KPIの追加や配置変更も問題になります。慣れた形を手がかりに読んでいると、測る項目が変わって線の形が変化したのか、業績そのものが変わったのかを区別しにくくなります。研究では、こうした変更へどう対応するかを尋ねても、十分な説明は得られませんでした。
図が意味を持つのは、数字・文章・読み方との関係から
著者らの理論上の視点は、複数の表現手段が組み合わさって意味を作ること、マルチモダリティ(multimodality)です。ここでは、図が単独で持つ分かりやすさに加え、数字と説明文との関係、職場で学ばれた読み方に注目します。
研究が整理するのは、図が数値に特徴を与えること(imbuement)、異なる情報を並べて対話を生むこと(juxtaposition)、図が数値や説明を覆うこと(eclipsing)の三つです。どの資料も必ずこの順で悪化するという法則ではありません。
以前紹介したBusco & Quattrone(2015)の研究では、図が戦略を考え直す場を生む働きが描かれました。本論文を重ねると、その働きは図を導入しただけでは続かず、どのような読み方を許し、問い直す材料を残しているかに左右されると考えられます。
環境KPIでは、色の裏にある条件へ戻れるか
以下はサステナビリティ実務への本記事の応用です。例えば回収率を緑色で示す場合でも、対象となる製品、分母の範囲、回収後の行き先が分からなければ、資源循環がどう進んだかは判断できません。色に加え、実数と定義、変化の理由、次に決めたいことを確認できる構成が考えられます。
会議では、全項目を説明する必要はありません。変化の大きい項目を一つ選び、「この判断に必要な背景は何か」「担当者はどの対応を提案するか」を聞くことで、図を議論の入口にできます。指標を追加・変更したときには、過去との比較条件も明示します。
ただし、この論文は環境ダッシュボードの効果を独立に検証した研究ではありません。巨大プロジェクトの遅延や予算超過を図が引き起こしたとも示していません。資料の形式と、実際の解釈・会話の関係を考える事例として読みます。
一つのプロジェクトで確かめた過程なので、同じ問題がどれほど広く起きるかは分かりません。見やすい図を使い続けながら、背景の説明と判断を求める運用をどう保つかが、実務へ持ち帰る論点です。
原著は、三つの図を見比べると読みやすい
まず図3で、ワーム図の数値と線の関係を確認します。次に図4のポスター、図5の取締役会用一覧を見比べると、何が残り、何が見えなくなったかを把握できます。その後、第5節の四つの場面を読み、資料の作り手の意図と、使い手の反応を区別して追います。
最後に第6・7節へ進むと、著者らが図一般を否定していないことが分かります。自社の資料でも、見やすくする前後を並べ、減らした文字数ではなく、会議で可能になった質問と難しくなった質問を比べると、この研究を具体的に活かせます。
対象論文
The lure of the visual: Multimodality, simplification, and performance measurement visualizations in a megaproject
Ronzani, M., & Gatzweiler, M. K. (2022). The lure of the visual: Multimodality, simplification, and performance measurement visualizations in a megaproject. Accounting, Organizations and Society, 97, 101296. https://doi.org/10.1016/j.aos.2021.101296
原著の掲載ページを開く ↗原著本文に基づく解説 · 2026年9月13日
応用例・実務への問い・書籍との接点は本欄の考察です。