まず押さえたいこと
- 個別案件の指標達成と、事業全体への貢献は同じではない。顧客や他案件との関係が変われば、順調な案件でも継続の判断は変わり得る。
- 事例の部門横断会議は、情報共有に加え、複数の資料を全体方針に照らして読み、何を優先するかを決める役割を持っていた。
- 変わらない基本方針と、その実現方法の変更を分けて読む。KPIの達成状況だけでなく、その指標が前提としていた顧客・価値・製品構成を確かめる。
順調な開発案件が、中止になった
技術的な要求も、原価目標も達成している。それでも開発案件が中止になると、担当者は納得しにくいかもしれません。この論文では、ABBの産業ロボット開発で、実際にそのような出来事が起こります。個別案件としての進捗と、事業全体から見た必要性が、途中で食い違ったのです。
この違いは、KPIの数を増やすだけでは解消できません。技術仕様、採算計算、開発段階の点検が、それぞれ異なる判断を支える場合に、何を根拠として優先順位を決めるのか。その判断を可能にする管理の仕組みが、本研究の主題です。
サステナビリティの実装でも、個別施策の目標達成を、事業全体の変化へどうつなぐかが問題になります。この論文は環境戦略を直接調べたものではありませんが、その接続を考えるための具体的な事例を提供します。
ロボット、制御盤、ソフトウェアを一緒に開発する難しさ
対象はスウェーデンのABB Robotics事業部です。研究の中心は、ロボット本体、動作を制御する制御盤、使い勝手を支えるソフトウェアを、別々の案件として並行開発する取り組みでした。各製品は単独でも売れますが、組み合わせて使うため、機能も完成時期も互いに影響します。
研究者は2002~2005年にデータを収集し、35人への49回の面接を主な根拠としました。22日間の現場滞在では開発部門に席を置き、会議への参加や担当者への同行も行い、仕様書や会議記録と照合しています。採用した49回は、より広い研究で集めた88回の面接の一部です。
結果を左右した出来事を時系列で整理したうえで、どの資料がどの判断に使われたかを分析しました。開発の最初から全会議を見ていた研究ではなく、過去の経緯を聞き取りと資料で再構成した部分もあります。
同じ「技術で先行する会社」でも、顧客が変われば設計が変わる
この事業部には、技術を先導する企業でありたいという強い自己理解がありました。著者らは、組織が何者であるかを支える基本的な考え方を、組織を成り立たせる原則(constitutive rule)と呼びます。日々の細かな規則よりも、長く維持される組織の性格を指します。
その原則を実現する方法は変わっていました。当初は自動車会社との共同の技術開発が重要でしたが、新しい成長先として、電子機器、食品、医薬品などの顧客も重視するようになります。
ところが、自動車工場は、大きくても故障しにくい制御盤を求める一方、新しい顧客は、限られた床面積に置ける小型で柔軟な構成を望みます。そこで制御盤のEndeavour案件では、複数の小さなモジュールに分ける設計を検討しました。顧客の広がりは、売上機会を増やすと同時に、相容れにくい設計条件を持ち込んだのです。
資料を並べるだけでは、優先順位は決まらない
各案件には複数の管理資料がありました。大切なのは、資料ごとに見ている範囲が違うことです。
| 管理の仕組み | 主に確かめること |
|---|---|
| 市場要求仕様書(market requirement specification) | 誰へ何を売り、どの価格・原価・採算を目指すか。 |
| 技術要求仕様書(technical requirement specification) | 顧客の要求を、信頼性や修理時間などの設計条件へどう具体化するか。 |
| 段階ごとの審査(stage-gate model) | 開発が所定の段階に進める状態か。 |
| 製品開発フォーラム(Product Development Forum) | 他案件や事業全体との関係から、何を優先するか。 |
フォーラムには技術、営業、生産、各案件の管理者などが集まりました。自分の案件に都合のよい数値を示すだけでなく、他の案件へどんな影響を及ぼすかを説明します。案件の組み合わせ全体、すなわちポートフォリオ(portfolio)の採算も検討対象となり、管理者は担当外の進捗にも関心を持つ必要が生じました。
最初は、進んでいる案件を守る判断だった
景気の変化で新しい顧客向けの販売見通しが弱まると、大口の自動車顧客が再び重要になります。しかし自動車顧客の求める大型の制御盤は、Endeavourの小型・モジュール式の設計と合いませんでした。
この時点で自動車向けの要求をEndeavourへ加えれば、追加費用と技術上の不確実性が生じます。完成が遅れれば、一緒に開発しているロボットやソフトウェアの販売にも影響します。フォーラムは開発段階の資料や仕様書を検討し、Endeavourを大きく変更しないことにしました。
一方で、自動車顧客への対応も必要です。試作品の検討を経て、自動車向けの別案件SC4Autoを立ち上げ、二つの制御盤を並行して進めました。つまり、後に中止の判断をする会議が、この時点では既存案件を守り、別案へ予算を付けていたのです。
何が変わって、中止へ向かったのか
その後、新しい顧客の投資意欲はさらに弱まりました。自動車顧客へ示したEndeavourの試作品には、構造や信頼性への強い懸念が寄せられます。個別の仕様書では目標を達成していても、現在重視する顧客に受け入れられるかは別の問いでした。
フォーラムでは、Endeavourを組み込んだロボットシステムと、SC4Autoを組み込んだシステムを比較できるようになっていました。顧客の評価と各案件の情報を踏まえ、自動車顧客を重視する方針にはSC4Autoが適合すると判断し、Endeavourを中止します。
ここで起きたのは、悪い進捗の発見だけではありません。誰のための製品か、何と組み合わせて価値を生むかという前提が変わり、同じ案件の位置づけが変わったのです。Endeavourを守るために別案件を作った判断が、結果として比較対象を生み、後の中止につながった点も重要です。
会議が、他の管理の仕組みを方向づける
著者らは、このフォーラムを、判断の拠り所となる管理実践(management control anchor practice)として説明します。他の資料や管理の仕組みを、組織の基本原則に照らして位置づけ、優先順位を与える実践です。この事例では、単なる情報共有の会議よりも強い役割を持っていました。
重要なのは、営業や開発の利害の違いがその場に持ち込まれ、関係者が判断の過程を共に見られることでした。案件別の仕様書や採算計算も、会議の結論に従うだけの書類ではありません。それらの情報が、案件を守る議論にも、中止する議論にも使われています。
JørgensenとMessnerの2010年論文が、開発中の判断に会計と戦略が入り込む過程を示したのに対し、この研究は、複数案件にまたがる異なる見方を、誰がどの場で束ねるのかを掘り下げます。指標と意思決定の間にある、組織的な判断の場が見えてきます。
サステナビリティ戦略へ応用するときに気をつけること
資源循環へ応用するなら、例えば再生材の利用率を達成した開発案件について、顧客の利用条件、回収の仕組み、他製品との部品共通化まで含めて継続を判断する場が考えられます。これは本記事による応用で、原著の案件が循環型製品だったという意味ではありません。
原著は一つの事業部と開発ポートフォリオの分析で、中止によって利益が最大になったことを証明した研究ではありません。また、技術を先導するという基本原則は維持されています。根本的な目的そのものを変える過程まで説明しているわけではありません。
したがって、経営会議を置けば合理的に決まるとは読めません。サステナビリティの観点では、環境や社会への約束が、その会議で他の要求とどう比較されるかも問われます。全体戦略に合わせる過程で重要な目的が狭まる可能性は、WrightとNybergの2017年論文と読み比べると検討しやすくなります。
原著は、案件を守った判断と止めた判断を比べる
最初に第3節で、三つの製品が相互依存する構成を押さえます。次に4.2で仕様書とフォーラムの役割を確認し、4.4のSC4Auto立ち上げ、4.5のEndeavour中止を続けて読んでください。同じ案件を支える資料が、状況の変化でどう位置づけ直されたかが分かります。
そのうえで5.1を読むと、会議が単に情報を集める以上の役割を持つという理論的な貢献が理解できます。自社の案件を振り返るなら、『達成した指標は何か』『その指標は誰の要求を前提にしたか』『前提が変わったとき、誰が継続を再検討するか』の三つを確かめるとよいでしょう。
対象論文
Exploring the Role of Management Control Anchor Practices in new Product Development
Carlsson-Wall, M., Goretzki, L., Kraus, K., & Lind, J. (2021). Exploring the Role of Management Control Anchor Practices in new Product Development. European Accounting Review, 30(2), 251–276. https://doi.org/10.1080/09638180.2020.1763187
原著の掲載ページを開く ↗原著本文に基づく解説 · 2026年9月13日
応用例・実務への問い・書籍との接点は本欄の考察です。