まず押さえたいこと
- 情報を広く提供することと、使う側が自分の判断に役立つと感じることは別である。数字の理解、信頼、自分で動かせる範囲が関わる。
- 部門の数字が見えると、改善に加えて予算や人員の獲得競争も進みうる。財務指標への関心が高まることを、組織全体の目的への賛同と読み替えない。
- 情報を制限する方法にも、利用者の判断と交渉を難しくする問題がある。共有する範囲とともに、情報の説明、部門間の評価、資源配分の決め方を検討する。
数字を共有すれば、同じ方向を向くはずだった
各部門の業績を一覧にして、目標との差や他部門の取り組みを見られるようにする。自分たちの仕事と会社全体との関係が分かり、部門を越えた協力も進みそうです。ところが、同じ情報が、予算や人員を自部門へ引き寄せるための材料にもなりえます。
この論文は、業績を測って管理する仕組み(performance measurement systems: PMSs)の透明性を、4つの病院で調べています。経営側はどのような狙いで数字を公開し、医師はどう受け止めて使ったのか。情報を増やすことの効果を、一つの組織の中にある複数の立場から読み直します。
中心となる問いは、情報の共有が仕事をしやすくするとして、誰の、どの仕事を助けるのかです。自部門の改善と組織全体への貢献がいつも一致する、という前提を確かめる論文でもあります。
情報を作る経営側と、使う医師の話を比べる
研究対象は、ドイツの都市部にある宗教系の非営利病院4組織です。いずれも複数の拠点と診療科を持ち、病床数は400〜800床です。論文ではAlpha、Bravo、Charlie、Deltaという仮名を使っています。医療を提供する使命と、事業を維持するための収支の両方が重要な組織です。
研究者は経営幹部、管理会計担当者、診療科の責任者、医師・看護職の幹部へ40回の面談を行いました。1回は平均約78分で、面談後の非公式な討議や文書資料も分析に使っています。主な根拠は、制度を設計する側と使う側が説明した認識と経験です。
分析を進めると、2病院では経営側が幅広い情報共有を目指し、残る2病院では情報を限定していました。研究者が公開範囲を変えた実験ではありません。複数の組織を比べ、似た意図と異なる反応がどこで生じるかを検討しています。
自分の部門が分かることと、全体が分かること
論文は透明性を二つに分けます。部門の仕事や指標の意味を理解できることが、内部の透明性(internal transparency)。自部門と他部門、組織全体の関係が見えることが、全体の透明性(global transparency)です。単にファイルへアクセスできるかより広い考え方です。
AlphaとDeltaでは、患者数、在院日数、費用、収入、医療の質などを幅広く提供し、他の診療科の数字も見られるようにしていました。Alphaでは月次報告、Deltaではイントラネットから、部門をまたぐ業績情報を確認できます。
自分の科で費用が増えた理由を把握し、他の科の改善から学び、病院全体の状況に合わせて判断する。そのような働きを期待できる設計です。ただし、著者らはこれを透明性の「可能性」として捉えます。情報を渡した後に、使う人がどう理解するかが残るためです。
経営側は、協力と競争の両方を期待していた
広い情報共有を進めた経営側は、医師に財務面も考えて判断してほしいと考えていました。他の科と比べれば改善の余地を見つけられ、経営側が細かく指示しなくても、自分たちで業績をよくするようになるという期待です。
同時に、診療科の責任者が院内でよく評価されたいという気持ちも利用しようとしていました。他の科の改善が見えれば、自分たちも負けずに改善する。比較を通じて競争を促す狙いです。それに加えて、病院全体の目標を共有し、縦割りの考え方を越えることも期待されていました。
ここには、部門の競争を強めながら部門横断の協力を求めるという難しさがあります。数字を見て各部門が努力するようになっても、その努力が全体にとって望ましい方向へ進むかは、別に確かめる必要がありました。
見える数字でも、使えるとは限らない
医師側も情報には関心を持っていました。しかし、手術室の空き枠が増えなければ、目標との差を毎日確認できても手術件数を増やせません。自分たちの行動で数字を変えられる範囲、つまり管理可能性(controllability)の問題です。
数字の意味も自明ではありませんでした。病床の稼働率を上げることと在院日数を短くすることのどちらが病院に望ましいのか、情報だけでは分からないという声がありました。手術時間を短くする指標に対しては、医師は慎重な処置を優先すべきだと考えていました。説明を加え、仕事の内容と数字をつなぐ必要があります。
ほかの科で使った薬の費用が自分の科へ計上されるなど、数字への信頼を損なう問題も報告されています。医師が独自に記録して照合する場合もありました。経営側が透明だと考える制度を、利用者が判断の助けとして受け止めるとは限りません。
財務を意識するほど、部門間の取り合いが進む場合もある
業績情報が行動を変えていなかったわけではありません。Alphaでは、高齢患者を内科と老年医学のどちらへ移すかをめぐる問題が語られています。管理会計担当者は、病院全体の収入という点では後者が望ましい場面でも、自科の実績にするため内科へ移す可能性を指摘しました。
Deltaでは、300分かかると分かっている手術を200分として予定に入れ、より多くの手術枠を確保しようとする行動が、幹部から報告されています。こうした例は、数字の公開と資源配分が結びつくと、比較が共同の改善より、自部門の有利さを求める方向へ働きうることを示します。
著者らは、透明性が医師と経営側の関心を近づけても、医師同士や診療科間の緊張を強める可能性を論じます。医師が財務情報を求める理由には、自科の医療に必要な資源を守ることもあります。財務への関心を、病院全体の利益目標を受け入れた証拠とだけ読むことはできません。
情報を制限すれば、別の問題が生まれる
では、情報を広く見せなければよいのでしょうか。BravoとCharlieでは、費用情報の一部や他科の業績を提供しないことで、部門間の争いを避けようとしていました。医療の報酬制度では、社会的に必要な診療であっても部門単位で赤字になる場合があります。利益の大きい科が他科を支える関係を、経営側は維持する必要がありました。
経営側は、その関係が見えると、利益を稼ぐ科が人員や設備の優先配分を主張し、必要な医療を支える調整が難しくなると懸念していました。共通の設備費など、医師が直接動かしにくい費用の配分について、説明や議論を避けたい意図もありました。
しかし、情報の少なさは医師の判断と交渉を難しくします。収入や費用が分からないまま業績を問われ、自科に必要な人員を根拠を示して求められない。部門同士の対立を避ける仕組みが、経営側と医師との不満を生むという、別の緊張が現れていました。
サステナビリティのKPI共有で、何を確かめるか
ここからは本記事の実務への応用です。工場別の廃棄物や部門別の資源利用を公開するとき、値の小ささだけで比較すると、処理や作業の負担を他部門へ移す誘因が生じるかもしれません。自部門が減らした量と、会社全体で減った量を合わせて見る必要があります。
共有を始める際には、測定範囲や配分方法を使う人が理解できるか、改善に必要な権限・設備があるか、他部門との協力が評価されるかを確認できます。指標に疑問が出たとき、その意味や計上方法を担当者と検討し直せる場も重要です。
原著が扱うのは医療組織の業績管理で、廃棄物や資源循環を実証した研究ではありません。それでも、情報共有、部門別評価、資源配分を一緒に考える視点は、KPIを社内へ展開するときの点検に使えます。
原著は、提供側と利用側を行き来して読む
第3節で4病院の選び方と調査方法を確認した後、第4.1節を読み、経営側が期待したことと医師の反応を並べます。次に第4.2節で情報を限定した2病院を読むと、公開範囲の大小だけでは解けない問題が見えてきます。表3は、この比較を確認する手掛かりになります。
第5節では、理解のしやすさ、信頼できること、動かせる範囲が透明性にどう関わるかを読みます。主に面談に基づく4事例で、透明性が医療成果を何%変えたかを測定した研究ではありません。どの業績情報も隠すべきだと受け取らず、情報の受け止めと使われ方を検討する論文として読むのが適切です。
対象論文
Transparency in performance measurement systems: an exploration of rationales and diverging perceptions in the hospital setting
Lachmann, M., Trapp, R., & Wenger, F. (2024). Transparency in performance measurement systems: an exploration of rationales and diverging perceptions in the hospital setting. Journal of Management Control, 35, 467–507. https://doi.org/10.1007/s00187-024-00384-3
原著の掲載ページを開く ↗原著本文に基づく解説 · 2026年9月13日
応用例・実務への問い・書籍との接点は本欄の考察です。