← 論文一覧へ

管理できるKPIを選ぶと、重要な課題が抜け落ちるのか

自治体の指標改訂から、現場が動かせる数字と、社会にとって重要な成果の関係を読む。

スウェーデンの自治体が共同で使う業績測定システムの改訂を追う縦断研究。2018–2023年の計79回の聞き取り、約78時間の会議観察・映像、関連資料を分析。

管理可能性KPIの選定社会課題と責任
この記事の目次
  1. 「現場が変えられる数字にしよう」の、その先
  2. 自治体が共同で作る指標の、改訂過程を追う
  3. 測るだけで改善が進まない、という不満から始まった
  4. 学校の成績は、どの子どもを対象にするか
  5. 環境分野では、広い解釈が続かなかった
  6. 指標だけでなく、選ぶ原則も問い直される
  7. 実務では、指標に担わせる仕事を分けて考える
  8. この論文が確かめた範囲を押さえる
  9. 原著は、二つの目的と指標の変更から読む
  10. 書籍・研究とのつながり

まず押さえたいこと

  • 現場が動かせるKPIを求めるとき、短期に直接変えられることだけを選ぶのか、長期の協働による影響も含めるのかで、測る範囲が変わる。
  • この事例では、学校分野で測定範囲を広げる妥協が成立した一方、社会・環境分野では管理しやすい活動への限定が続いた。同じ原則でも適用は一様ではない。
  • 行動を管理する指標と、重要課題の全体像を確かめる指標の役割を区別する。少数の環境KPIがあることだけで、課題を十分に評価できているとは判断しない。

「現場が変えられる数字にしよう」の、その先

目標を渡されても、担当者自身では動かせない数字なら、何をすればよいか分かりません。そこで、現場が改善できるKPIを選び直す。サステナビリティを日々の仕事につなげるうえでも、自然な発想です。

その根底にある管理可能性原則(controllability principle)は、人や組織を、その人たちが管理できる結果に基づいて評価するという考え方です。ただし、短期に直接変えられることと、取引先などと協力して長期に働きかけられることでは、管理できる範囲が違います。

この論文は、原則に従うかどうかだけでなく、何を「管理できる」と見なし、その判断で何を測定から外すのかを問います。良かれと思って指標を使いやすくする過程で、社会にとって重要な成果が見えにくくなる問題を描いています。

自治体が共同で作る指標の、改訂過程を追う

研究対象は、スウェーデンの自治体サービスの品質を比較する業績測定システム(performance measurement system:PMS)です。自治体の連合組織SALARと自治体分析を支援するCMAが運営し、各自治体の担当者と指標を見直していました。

研究者は2018–2023年に計79回の聞き取りを行いました。運営者・専門家への15回、61自治体の担当者63人への61回、2023年の追跡3回です。さらに、過去の映像を含む約78時間の会議と、2007年以降の関連資料を分析しています。

中心にあるのは、会議での意見と指標の変更を対応させる読み方です。各自治体の環境成果を比較して効果を推定する研究ではなく、共通の測定ルールが、誰のどんな判断で変わったかを確かめる研究です。

測るだけで改善が進まない、という不満から始まった

2007年に始まったシステムは、約40の指標で自治体の品質を示すものでした。住民にとって何が重要かを重視し、政治家が地域の状況を理解して住民と対話するための情報を目指していました。現場が直接管理する指標と、広く状況を知る指標が共存していたのです。

ところが、測定には時間をかけるのに、分析や改善には十分つながらないという不満が増えます。指標を報告しても受け手の関心が薄く、担当部門も何を変えればよいか見いだしにくい。その解決策として、2017年からの改訂で管理可能性が設計の原則に加わりました。

狙いは、個人評価を公平にすること以上に、指標を使って現場の行動を変えることでした。しかし、住民への説明と現場の改善を、一つの選定基準で満たせるかについて、担当者の意見は分かれました。

運営側は、状況を知るための指標まで、各自治体がそのまま管理目標に使ってしまうことも問題視していました。情報を示す目的と、数値の達成を求める目的の違いが、利用の段階で曖昧になっていたのです。指標の選び直しは、こうした実際の使われ方への対応でもありました。

学校の成績は、どの子どもを対象にするか

対立が具体的に現れたのが、学校の指標です。それまでは、自治体内に住む子ども全体を対象とし、私立校や別の自治体の学校に通う子どもも含めていました。自治体の住民が、どのような教育を受けているかを見るためです。

管理可能性を重視すると、自治体が直接運営する学校だけを対象にする方が分かりやすくなります。2018年の改訂では、その方向へ測定範囲が変わりました。一方、それでは自分たちの住民の教育状況が十分に分からないという批判も残ります。

翌2019年の会議では、長い時間をかけた働きかけや、他者との協力も影響力に含める考えが示されました。学校については、住民全体と自治体運営校の両方の指標を持つ案が採られます。必要なデータが既にそろい、追加の収集費用をかけずに二つの目的へ対応できたことも、この妥協を支えました。

環境分野では、広い解釈が続かなかった

しかし、同じ2019年の会議で社会・環境の指標を検討すると、議論は再び直接的な管理可能性へ戻りました。地域のCO2排出は住民に重要でも、自治体には幹線道路の交通などを十分に変える権限がありません。安全や健康も、住民、企業、国、地域の機関との関係に左右されます。

提案された指標の多くは、管理可能性が低いとして採用されず、追加の検討が先送りされました。2020年に加わった食品廃棄の指標も、学校や高齢者施設など、自治体組織が運営する活動の範囲に限定されています。

環境の指標が全くなくなったわけではありません。問題は、少数の管理しやすい指標が入ることで、社会・環境課題を測定していると言える一方、地域全体の課題を十分に捉えられない状態が続いたことです。広い課題を扱うための改訂が、その課題を狭く切り取る結果にもなりました。

指標だけでなく、選ぶ原則も問い直される

著者らは、PMSと管理可能性原則を、ともに問い直しながら形を変える認識対象(epistemic object)として捉えます。指標は未完成で修正されるものですが、その指標を選ぶ原則も、実際に適用する中で意味が変わるということです。

この見方から整理すると、事例には三つの組合せがありました。最初は現場の改善を優先して測定を狭める。次に、学校分野では二つの目的を満たすように測定を広げる。そして社会・環境分野では、広い課題を掲げながら、直接管理できる少数の指標に絞る組合せが生まれます。

したがって、議論を重ねれば一貫して良い方向へ進む、とはいえません。同じ担当者が同じ原則を使っても、扱う分野や経験、利用できるデータによって、測る範囲が変わることが、この研究の重要な発見です。

例えば「地域の環境を改善する」という目的を残しても、測定対象が自治体の保有車だけなら、住民や企業の活動による影響は十分に分かりません。目的の名称が残っているかと、その目的に必要な情報が残っているかを分けて読むと、形式上の対応と実質的な範囲の違いが見えてきます。

実務では、指標に担わせる仕事を分けて考える

ここからは企業への応用です。例えば資源循環を重要課題に掲げたとき、工場の廃棄物削減は直接管理しやすくても、販売後の製品回収には顧客や回収事業者の協力が必要です。管理しやすさだけでKPIを選ぶと、後者への対応が見えにくくなるかもしれません。

検討したいのは、担当部門の行動を確認する数字、他者と協働して変える結果、重要課題の全体像を把握する数字を区別し、それぞれの使い道を決めることです。全体の結果を把握しつつ、個人や部門の評価では、実際の権限、時間軸、外部条件を考慮できます。

指標を増やす前に、「重要だが管理しにくい」という理由で外した項目を見返します。その課題は別の情報で確認できるのか、誰との協力を進めるのか。これは本記事が導く実務上の問いであり、論文が民間企業で検証した解決策ではありません。

この論文が確かめた範囲を押さえる

研究の中心は、公的なサービスを多様な立場から評価する仕組みです。企業でも複数の期待はありますが、自治体と同じ制度条件にあるわけではありません。また、個々の自治体が指標をどう使い、成果をどこまで変えたかは詳しく追っていません。

狭い管理可能性が必ず悪い、という結論でもありません。現場が自分の仕事との関係を理解しやすくなったと歓迎する担当者もいました。読むべき論点は、行動につなげるための限定が、何を見えなくするかです。原則の便利さと、その適用範囲を一緒に検討できます。

改訂の結果も永久に固定されたものではなく、追跡時点では再び管理可能性を広げたいという意見がありました。論文は一つの時期に成立した判断を説明しており、社会・環境課題を測ることが本質的に不可能だと述べているわけではありません。

原著は、二つの目的と指標の変更から読む

まず表3で、住民との対話と現場の改善という二つの目的を確認し、表4で管理可能性がどのように設計原則へ加わったかを読みます。次に結果の学校と社会・環境の場面を比べると、同じ原則が異なる範囲を作ったことが分かります。

最後に図1と考察へ戻ると、三つの組合せの違いが整理できます。既存のJordanとMessnerの論文と合わせれば、指標の使い方に加え、その指標が選ばれる前に、何が対象外になったかまで視野を広げられます。

書籍・研究とのつながり

『サステナビリティ戦略の実装』との接点は、重要課題を現場の仕事へ落とし込む際、社会・環境上の目的をどう保つかにあります。現場が実行しやすくする工夫は必要ですが、実行しやすい範囲が、そのまま戦略全体の範囲になってよいとは限りません。

研究としては、KPI一覧の完成形だけでなく、候補から落ちた指標、その理由、代わりに採られた測定範囲を追うことが考えられます。責任を割り当てる過程で課題がどう変わるかを調べれば、マテリアリティと社内浸透の間にある判断を、具体的な会議や資料から捉えられます。

あわせて考える

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

方針を日々の仕事と意思決定につなぐという観点から、書籍とあわせて読むための本欄の考察です。

対象論文

"What Is This Thing Called Controllability?" A Field Study of the Integration of the Controllability Principle in the Redesign of a Performance Measurement System

Chua, W. F., Graaf, J., & Kraus, K. (2026). “What Is This Thing Called Controllability?” A Field Study of the Integration of the Controllability Principle in the Redesign of a Performance Measurement System. The Accounting Review, 101(1), 257–284. https://doi.org/10.2308/TAR-2024-0295

原著の掲載ページを開く ↗

原著本文に基づく解説 · 2026年9月13日
応用例・実務への問い・書籍との接点は本欄の考察です。

あわせて読む環境目標を部門の仕事と評価につなぐには記事を読む →あわせて読むマテリアリティの「重要」は、誰にとって重要なのか記事を読む →あわせて読むKPIで評価しながら、現場の改善を支えるには記事を読む →