論文の一覧へ

マテリアリティの「重要」は、誰にとって重要なのか

順位表の中で見えにくくなる、価値判断と意見の違い

報告書の質的内容分析(qualitative content analysis)

重要性の判断(materiality assessment)共通尺度への置き換え(commensuration)異論を残す対話(agonistic dialogue)
この記事の目次
  1. この論文で考えたいこと
  2. 「重要性」は、測れば一つに決まるのか
  3. どんな報告書を、どう分析したか
  4. 第一の論点:誰の意見が、一つの声になるのか
  5. 第二の論点:違う種類の問題を、どう比較しているのか
  6. マトリクスの二つの軸を、取り違えない
  7. 対話は、合意の演出で終わっていないか
  8. KPIを選ぶ前に、何を残しておくか
  9. この研究の強みと限界
  10. 原著を読む順番
  11. 読み終えたら、三つの問い
  12. 北田の視点
  13. 対象論文・出典

まず押さえたいこと

  • 重要性の評価には、誰の影響を、何の基準で重視するかという価値判断が含まれる。
  • 共通の点数やマトリクスは比較を助ける一方、関係者の違いや少数の深刻な懸念を見えにくくしうる。
  • 対象は2013〜2014年の44社の報告書。開示の分析から、社内の実際の対話や成果まで断定しない。
誰が判断するか参加者、影響を受ける人、意見の違いを見るstakeholder engagement
何を同じ尺度にするか軸・点数・重みの意味を見るcommensuration
異論をどう残すか判断の理由と見直しの余地を見るdialogic accounting
分かりやすい図ができたことと、その判断の根拠が十分に伝わることは、分けて考える。
原著の理論と分析を読むための本記事の整理。原著が検証した評価尺度ではありません。

この論文で考えたいこと

マテリアリティ評価で関係者の意見を集め、点数をつけ、重要課題をマトリクスに並べる。図が完成すると、どの課題を優先すべきかが客観的に決まったように見えることがあります。

しかし、誰に聞いたのか、何を「重要」と呼んだのか、異なる意見をどうまとめたのかによって、図の意味は変わります。PuroilaとMäkeläが問うのは、重要性の評価や開示に含まれる価値判断が、整った表や説明の中で見えにくくなっていないかです。

本論文は、44社のサステナビリティ報告書を分析した研究です。マトリクスの上手な作り方を示すのではなく、その図を見たときに何を問い直すべきかを教えてくれます。KPIを選ぶ前の、課題の選び方を考えるうえで重要な論文です。

「重要性」は、測れば一つに決まるのか

マテリアリティ(materiality)は、何を重要とみなし、報告の対象にするかに関わります。その判断には、社会・環境への影響、企業の事業への影響、関係者が重視することなど、異なる基準が入りえます。

著者らが問題にするのは、判断を行うこと自体ではありません。判断の基準や価値観を示さないまま、技術的な測定だけで重要課題が決まったように説明することです。

たとえば「ステークホルダーにとって重要」と書かれていても、投資家、社員、地域住民、取引先が同じ理由で同じ課題を重視しているとは限りません。関心の強さと、実際に受ける影響の深刻さも異なります。多くの人が注目する問題と、少数の人が深刻な影響を受ける問題は、単純には並べられません。

重要性は、判断する人・目的・状況から切り離せない。 これが本論文を通じた基本的な見方です。

どんな報告書を、どう分析したか

対象は、2015年のGlobal 100に掲載された企業のうち、GRI G4に沿った報告書が分析対象となった44社です。報告書の対象年度は2013年または2014年で、現在の全企業の開示実態を代表する無作為標本ではありません。

研究者は、文章と図表を繰り返し読み、重要性の目的、判断への参加者、評価の進め方、示された結果を比較しました。一つの報告書の中でも説明が一貫しない場合があるため、単に項目を数えるだけでなく、開示の意味や前提を丁寧に解釈しています。

ここでの対象は、企業が重要性の評価をどう説明しているかです。社内の会議を直接観察した研究ではありません。また、選ばれた個々の課題が「本当に重要か」を外部から採点する研究でもありません。報告書に記載がないことから、その関係者が実際の意思決定から排除されたと断定することはできません。

第一の論点:誰の意見が、一つの声になるのか

報告書では、ステークホルダーとの対話や調査を通じて、重要な課題を把握したと説明されます。しかし、複数の関係者を一つの集団として扱うと、立場の違いや、その間にある対立が見えにくくなります。

たとえば、調達コストの安定を重視する人と、取引先の労働条件を重視する人がいたとします。二つの関心を「サプライチェーンの重要性」としてまとめることは可能です。ただし、そのまとめ方だけでは、負担や責任をめぐる意見の違いまでは分かりません。これは原著の論点を説明するための例です。

また、意見を聞きやすい人、情報を持つ人、企業に働きかける力が強い人の声が、そのまま影響を受ける人全体の声になるとは限りません。将来世代や生態系のように、会議へ直接参加できない対象をどう考慮するかという問題もあります。

原著は、対話の有無だけでなく、誰を参加者として位置づけ、異なる意見をどのように扱ったと説明しているかに注意を向けます。

第二の論点:違う種類の問題を、どう比較しているのか

著者らが用いる概念の一つに、異質な問題を共通の尺度に置き換えること(commensuration)があります。重要性を点数化したり、同じマトリクス上に置いたりすることが、その例です。

共通の尺度は、情報を整理し、比較や説明をしやすくします。一方、何を同じものとして数え、どの違いを省くかという判断が入ります。人権への影響と温室効果ガス排出を同じ点数で表せたとしても、影響の内容、受ける人、回復の可能性まで同じになるわけではありません。

整理のために行うこと見えやすくなること併せて確かめたいこと
関係者の意見を集計する全体の傾向集団ごとの違いや少数の深刻な懸念
重要性を点数化する課題間の比較尺度、重み、判断の根拠
マトリクスに並べる課題の位置関係軸が何を表し、何を表していないか
上位課題を選ぶ対応の優先順位選ばれなかった課題と、再検討の条件

表は、原著の批判を実務で確かめる問いへ置き換えたものです。数値化をやめる提案ではありません。比較できる形になったことで、何が分かったかと、何が省かれたかを一緒に見るという読み方です。

マトリクスの二つの軸を、取り違えない

本論文が分析する報告では、「企業にとっての重要性」と「ステークホルダーにとっての重要性」を軸にした図が見られます。その図を、そのまま企業への財務影響と社会・環境への影響を表すものと読んではいけません。

「関係者が重視する度合い」は、意見や関心についての情報です。「企業が人や環境に与える影響の重要性」は、その影響自体をどう評価するかという問いです。関係者の声は影響を知る大切な手がかりになりますが、両者は同一ではありません。

また、「企業にとって重要」という軸も、その定義を読まなければ、財務影響なのか、戦略上の関心なのか、経営陣の認識なのかが分かりません。図の形が似ていることよりも、各軸に何を入れたかが重要です。

対話は、合意の演出で終わっていないか

著者らは、異なる価値観や異論を残して考える会計・報告の立場(critical dialogic accounting)から、マテリアリティの開示を論じます。全員が同じ意見になったと示すことだけが、よい対話ではないと考える立場です。

ここでいう対立を認める対話(agonistic dialogue)は、相手を敵として排除することではありません。正当な意見の違いが残りうることを認め、その違いを議論の対象にすることです。

実務では、すべての要望を同時に実現することはできません。それでも、何を優先したか、その理由は何か、どの懸念が残っているかを説明する余地はあります。原著の提案をこのように読むと、異論を残すことと、意思決定を行うことは両立しえます。

重要性も、時間や地域、関係者の状況によって変化します。一度作った図を完成形とするのではなく、判断を開き直す機会があるかが問われます。

KPIを選ぶ前に、何を残しておくか

以下は、本論文をKPIの設計につなげるための、本記事の考察です。ある課題が重要課題から外れると、その課題について指標を作り、会議で状況を確認する機会も少なくなるかもしれません。したがって、KPIの妥当性は、計算式だけでなく、その前にどの課題を選んだかにも関わります。

たとえば水利用を、全社の関心度が低いとして優先課題から外したとします。しかし、特定の拠点が水不足の地域にあれば、そこでの影響は全社平均に埋もれます。この例は原著の企業事例ではありません。全社で集計した順位と、地域ごとの深刻さを分けて確認する必要を示しています。

実務で残しておきたいのは、順位表に加えて、判断の基準、関係者ごとの見解、重要な異論、採用しなかった論点、見直しのきっかけです。これらをすべてKPIにする必要はありません。数値を使う会議に、判断の背景を持ち込めることが大切です。

Rodrigueらは、関係者の働きかけが環境戦略や指標へ反映される経路を扱います。Manzhynskiらは、情報が対立する要求を十分に表しているかを問います。本論文は、その手前で、重要性の整理がどの違いを見えにくくするかを考えさせます。

この研究の強みと限界

強みは、手順が整っているかだけでなく、開示の背後にある前提を問うことです。図の分かりやすさが、判断の妥当性を自動的に保証するわけではないと気づかせます。

一方、対象は特定の企業群と時期の公開報告書です。そこで見られた説明から、社内の実際の対話、社員の行動、環境成果までを推定することはできません。批判的な対話を採用した場合の効果を比較検証した研究でもありません。

原著の批判を「企業のマテリアリティ評価はすべて形式的だ」と広げず、自社の説明や判断を点検する問いとして使うことが、この論文の活かし方です。

原著を読む順番

  1. 冒頭で、評価手順の改善ではなく、重要性の社会的・政治的な性質が問いになっていることを確認する。
  2. 理論部分で、stakeholder engagement、commensuration、dialogic accountingの関係を読む。
  3. 研究方法で、44社の報告書の選び方と、公開された説明を分析していることを確認する。
  4. Table IIと分析部分で、評価の目的、参加者、方法、結果を読み分ける。図表と文章の間の違いにも注目する。
  5. 考察と結論で、数値化の中にある価値判断と、関係者を一つの声にまとめる問題の二つを整理する。

読み終えたら、三つの問い

  1. 自社の「ステークホルダーの重要性」は、具体的に誰の、どんな判断を表していますか。
  2. 順位や点数にするときに、省かれた違いや少数の懸念は何でしょうか。
  3. 選ばれなかった課題を、どんな変化があれば再検討できるでしょうか。

北田の視点

順位表から外れた論点も、後からたどれるか

書籍の第3章と第9章につなげて考えたいのは、整理の分かりやすさと、判断の根拠を残すことです。重要課題の順位が決まった後、担当者が「なぜ選んだか」だけでなく、「どの懸念が残ったか」も説明できるでしょうか。

関心が低いという集計結果の中に、特定の地域や少数の人への深刻な影響が埋もれていないかを確かめたい。全員に同じ順位を納得してもらうことだけを浸透の目標にすると、現場が気づいた違いを拾いにくくなります。判断を進めながら、その理由と再検討の条件を共有する読み方です。

書籍とのつながり

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

  • 第3章「考える力の醸成と解像度の向上」
  • 第9章「社内浸透のプロセスのデザイン」

対象論文

Matter of opinion: Exploring the socio-political nature of materiality disclosures in sustainability reporting

Puroila, J., & Mäkelä, H. (2019). Accounting, Auditing & Accountability Journal, 32(4), 1043–1072.

原著の掲載ページを開く ↗

本文に基づく解説のデモ稿 · 2026年9月7日
応用例・読後の問いは本記事の考察です。

あわせて読む · Wang et al.(2025)マテリアリティは、なぜ対話を生み、対立も生むのか記事を読む →あわせて読む · Rodrigue et al.(2013)環境KPIは、誰の声を受けて作られるのか記事を読む →あわせて読む · Manzhynski et al.(2025)矛盾に気づくには、情報を増やすべきか記事を読む →