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気候変動への強い約束は、なぜ「いつもの経営」に戻るのか

先進的だった5社の10年をたどり、理念を仕事に移す過程と、その後の評価で起きる変化を読む。

オーストラリアの電力・ガス、銀行、製造、保険、メディアの5社を対象とする縦断的比較事例研究。70回の面接と377文書を用い、2005~2015年の気候変動対応の変化を検討。

気候変動戦略事業への翻訳取り組みの後退
この記事の目次
  1. 始めた後に、目的がどう変わるかを問う
  2. 気候変動に積極的だった5社を、10年の流れで比較する
  3. 最初の翻訳で、何を含め、何を外したか
  4. 仕事と指標への翻訳は、実際の変化を生んだ
  5. 業績の悪化で、活動を残す基準が変わる
  6. 社員の熱意だけでは説明できない理由
  7. KPIが残っていても、目的が残っているとは限らない
  8. この結果を、すべての企業の運命にしない
  9. 原著は、一社の変化を追ってからモデルを見る
  10. 書籍・研究とのつながり

まず押さえたいこと

  • 気候変動対応は、会社にとっての意味を定め、担当・製品・KPIに移すことで進んだ。しかし、その実装によって当初の目的が長期に守られるとは限らなかった。
  • 費用削減や売上への貢献を示す指標は、取り組みを社内で正当化する。同時に、それだけが継続の条件になると、利益で説明しにくい環境課題が議論から外れやすくなる。
  • 後退を、担当者の熱意や誠実さだけで説明しない。業績評価、経営者の交代、政策の変化の中で、何を続ける条件が変わったのかを読む。

始めた後に、目的がどう変わるかを問う

環境方針を掲げ、担当部署を作り、社員の改善提案を集め、KPIで進捗を確認する。社内浸透の取り組みとしては、かなり進んでいるように見えます。それでも数年後には、すぐ費用が下がる活動だけが残り、事業全体を変える議論は見当たらなくなるかもしれません。

この論文は、気候変動に積極的だった企業が、時間の経過とともに従来の事業運営(business as usual)へ戻る過程を調べています。注目するのは、当初の約束と実践の単純な食い違いだけではありません。実際に新しい仕事を始めた後も、その仕事の意味と継続の条件が変わり続けることです。

「どう導入するか」と並んで、「何が残り、何が失われたか」を問うための論文として読めます。

気候変動に積極的だった5社を、10年の流れで比較する

対象は、オーストラリアで事業を行う電力・ガス、銀行、製造、保険、メディアの大企業5社です。匿名でEnergyCo、FinanceCo、GlobalCo、InsureCo、MediaCoと呼ばれています。気候変動への戦略的な対応をすでに始めていた企業を選んでおり、無作為に選んだ平均的な企業群ではありません。

著者らは、主に2010~2014年の面接に2015年の追跡面接を加えた計70回の面接と、377の文書を分析しました。面接には、経営層、専門担当者、現業部門の管理職が含まれます。報告書、戦略・研修資料、プレスリリースなどを突き合わせ、2005~2015年の変化を再構成しています。

この時期のオーストラリアでは炭素価格への期待が高まった後、制度の導入と撤廃が起きました。論文は、この政策環境や企業の業績・経営者交代を含めて、取り組みの方向がどう変わったかを比較しています。

最初の翻訳で、何を含め、何を外したか

著者らは最初の過程を、課題の意味を定めること(framing)と呼びます。気候変動という大きな問題を、経営者が自社に関係するリスク、機会、責任として説明する過程です。

製造業のGlobalCoでは、新技術と製品革新の機会として語られました。保険のInsureCoでは、異常気象による保険金支払いが、気候変動を身近な事業リスクにしました。電力・ガスのEnergyCoは、将来の炭素価格を見込み、再生可能エネルギーへの投資を進めました。

ただし、意味を定めることには選別も含まれます。EnergyCoは、顧客と販売電力量を増やす事業方針との関係から、自社の排出量削減目標を主要な貢献として位置づけることには消極的でした。気候変動を事業の言葉で説明した時点で、既存事業に合う論点と、それを問い直す論点が異なる扱いを受けていたのです。

仕事と指標への翻訳は、実際の変化を生んだ

次は、課題を現場の仕事に移すこと(localizing)です。専門部署、新製品、研究開発、日常の改善活動などを作り、抽象的な方針を具体的な実践へ変えます。InsureCoは気候科学や技術の専門家を雇い、異常気象や建物の耐久性を研究しました。MediaCoは事業部ごとの委員会や改善提案を通じ、省エネを進めました。

その際、異なる価値を共通の尺度で評価できるようにすること(commensuration)が重要になります。省エネなら削減できる費用、新製品なら売上、社員の活動なら満足度や参加状況などです。FinanceCoでは、将来の規制を見込んだ炭素価格を作り、投資判断に用いました。

こうした数字は、環境活動を経営上の仕事として説明する助けになります。実際、この段階では単なる宣言にとどまらず、能力や業務の変化が生まれていました。しかし、数字で説明できる価値が、その後に活動を続ける条件にもなっていきます。

業績の悪化で、活動を残す基準が変わる

第三の過程は、従来の経営の論理へ戻すこと(normalizing)です。著者らは、利益や株主価値を中心に据え直す動きと、気候変動を幅広い活動の中に溶かして焦点を弱める動きを区別します。

InsureCoでは、海外展開の失敗、成長の停滞、株価の下落を背景に、2008年にCEOが交代しました。新経営陣は本業への集中を求め、気候変動をめぐる対外的な活動を縮小しました。GlobalCoでも、成長見通しと売上の弱まりから2012年に費用削減が進み、環境製品への注力が見直されました。

焦点が薄まる例もあります。GlobalCoは、環境への取り組みに石油・ガス開発の効率化も含めるようになり、EnergyCoは2012年に大規模な石炭火力発電所を買収しました。MediaCoでは、気候・炭素から廃棄物や水を含む広い環境活動へと関心が移りました。

著者らが問うのは、対象を広げること自体の是非ではありません。本事例では、その変更が当初の気候変動への強い関与を弱め、従来の収益目標に合う活動を残す方向で起きていた、という点です。

社員の熱意だけでは説明できない理由

三つの過程を動かしたのは、社内外から繰り返される批判と評価でした。初期には「企業も気候変動に対応すべきだ」という要求が行動を促します。実行段階では「宣言に見合う実践があるか」と「本業に役立つか」の両方が問われます。その後、業績や政策環境が変わると、短期の採算を示せるかという評価が強まりました。

つまり、批判には方向の違いがあります。社員やNGOの問いかけが環境対応を促すこともあれば、顧客や経営層の採算への要求が、その範囲を狭めることもあります。社内の意見を集める際には、発言量だけでなく、どの立場の何を重い判断材料として扱ったかが重要です。

著者らは、多くの担当者が気候変動の問題を真剣に受け止めていたと述べています。後退をすべて建前や偽善で説明してはいません。誠実な担当者であっても、予算、評価、経営者の交代の中で続けられる活動は制約される、という構造を示しています。

KPIが残っていても、目的が残っているとは限らない

ここからは実務への応用です。既存の環境KPIを確認するときには、数字が改善しているかに加え、その指標が何のために導入されたかを振り返ると、本論文を生かせます。たとえば省エネによる費用削減だけが継続の条件になれば、費用の下がりにくい排出削減策は候補から外れるかもしれません。

点検の材料としては、開始時と現在の企画書、予算説明、会議資料を比べる方法があります。評価期間が短くなっていないか、扱う環境課題が変わっていないか、収益性が低い場合にも検討を続ける理由があるかを読みます。部署や名称が残ることと、目指していた変化が残ることを分けるためです。

一方、廃棄物や水へ範囲を広げることが、本当に重要課題への対応を厚くする場合もあります。そこで、名称変更だけで「後退」と判定せず、気候目標、担当、予算、投資判断がどう扱われたかを確かめます。これは論文から導く点検の考え方であり、著者らが効果を検証した対策ではありません。

この結果を、すべての企業の運命にしない

5社には共通の過程が見られましたが、各段階の時期や具体的な変化は異なります。全企業が同じ順序で必ず後退するという法則が検証されたわけではありません。調査対象は積極的な大企業であり、気候変動への政治的対立が強い国・時期という条件もあります。

また、主な分析対象は組織の語り、活動、判断の変化です。個別企業の排出削減効果を共通の方法で推計し、その差を統計的に説明した研究ではありません。著者ら自身、政治的対立の弱い社会や別の環境課題では、異なる過程になりうると述べています。

論文の結論はかなり批判的で、企業の自発的な対応だけに依存する限界を指摘しています。その主張を読む際も、実際の5社から確認できることと、社会全体への政策的な提言を分けて捉えると議論しやすくなります。

原著は、一社の変化を追ってからモデルを見る

まず表2で自分の関心に近い企業を選び、図2で主要な出来事の流れを確認します。次に表6~8と結果の本文で、その会社が何を語り、何を実行し、何を見直したかを追うと、三つの過程が具体的になります。その後に図3のモデルと限界の節を読む順番がおすすめです。

Beuschらの経営管理への統合の事例と併せて読むと、対話や管理の仕組みが取り組みを支える可能性と、実装後の評価が目的を狭める可能性の両方を考えられます。問うべきなのは、統合したかだけでなく、どの目的を、どんな条件の下で維持できたかです。

書籍・研究とのつながり

サステナビリティ戦略の社内浸透を、時間とともに進む一方向の過程として捉えないために役立つ論文です。理解や制度が増えても、扱う課題や意思決定の基準が変われば、当初の目標から遠ざかることがあります。書籍の実装の問いと結びつけるなら、導入時の工夫に加えて、その後の継続・変更・撤回の判断を読むことができます。

研究では、環境KPIが採用された場面だけでなく、予算の縮小や経営者交代の際に何が残ったかを追うと、制度の持続条件が見えてきます。目標の修正を柔軟な学習と見るか、環境目的の後退と見るかも、実際の判断と成果に照らして区別する必要があります。

あわせて考える

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

方針を日々の仕事と意思決定につなぐという観点から、書籍とあわせて読むための本欄の考察です。

対象論文

An Inconvenient Truth: How Organizations Translate Climate Change into Business as Usual

Wright, C., & Nyberg, D. (2017). An inconvenient truth: How organizations translate climate change into business as usual. Academy of Management Journal, 60(5), 1633–1661. https://doi.org/10.5465/amj.2015.0718

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原著本文に基づく解説 · 2026年9月13日
応用例・実務への問い・書籍との接点は本欄の考察です。

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