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社員の声は、環境戦略を動かせるか

従業員代表の権限と、株主・経営者との関係を読む

条件の組み合わせの比較とインタビュー(fsQCA & interviews)

経営判断への従業員の関与(employee voice)企業統治(corporate governance)意思決定の時間軸(time horizon)
この記事の目次
  1. この論文で考えたいこと
  2. この論文の「社員の声」は、何を指すか
  3. 調べたのは、排出量の「削減」ではなく相対的な低さ
  4. 一つの要因ではなく、条件の組み合わせを見る
  5. 四つの組み合わせから、何が分かったか
  6. 権限を、実際の働きかけに変える四つの方法
  7. この研究で言える範囲
  8. 社内浸透への応用:誰が、どの判断に参加できるか
  9. 原著を読む順番
  10. 読み終えたら、三つの問い
  11. 北田の視点
  12. 対象論文・出典

まず押さえたいこと

  • 社員の声を、代表者が経営判断に関わる権限と、その権限を実際に使う過程として読む。
  • 対象は2013年のドイツ56社と2015–2023年の40件のインタビュー。排出量の相対的な低さを扱い、削減幅や絶対的な十分性は測っていない。
  • 強い従業員代表は見つかった四つの組み合わせに共通するが、単独の必要条件・十分条件とは結論づけていない。
株主投資の時間軸と議決権(shareholders)
経営者報酬の時間軸と監督機関での立場(management)
従業員雇用関係の長期性と代表の権限(labor)
三者の条件の組み合わせと、排出量の相対的な低さとの対応を比較する。インタビューで、代表者が説明・協働・議題化・交渉をどう行うかを読む。
原著Table 1・Table 3・Table 4に基づく編集上の整理。従業員代表の権限だけで環境面の結果が決まる、というモデルではありません。

この論文で考えたいこと

社員が環境方針に共感し、職場で行動を変えることは、社内浸透の重要な側面です。しかし、環境対応が設備投資、事業の転換、雇用に関わるとき、社員は決まった方針の実行者として参加するだけでしょうか。方針そのものを話し合い、変える力を持っているでしょうか。

Bartoschらは、従業員代表が企業の統治に参加し、経営者や株主との関係の中で環境対応にどう働きかけるかを問います。これまでの記事が扱った個人の心理や職場の行動から、経営判断への参加へと視点を広げる論文です。

2025年に先行公開され、書誌上はILR Reviewの2026年1月号に掲載されています。分析には、ドイツ上場企業56社の2013年のデータと、2015–2023年に行われた40件のインタビューを用いています。掲載年と、観察した時期は分けて読む必要があります。

この論文の「社員の声」は、何を指すか

本論文での従業員が代表を通じて経営判断に関与すること(employee voice in corporate governance)は、社員アンケートへの回答や、職場の改善提案だけを意味しません。企業の意思決定に誰がどのような権限と責任を持つかという、企業統治(corporate governance)の問題です。

研究の舞台であるドイツでは、従業員が経営上の決定に参加する仕組み(co-determination)があり、経営を監督する監督役会(supervisory board)に従業員代表が加わります。著者らは、この代表者が持つ制度上の権限に加え、職場の知識や他者への説明、交渉の力に注目します(pp. 8–10)。

ここで区別したいのは、参加する席があることと、その席を使って意思決定に影響することです。著者らが描く状況では、従業員側だけで決定を押し通せるわけではありません。株主や経営者と何について利害が一致し、どこに対立があるかが、代表者の働きかけ方に関わります。

また、従業員の利益と環境保護は、自動的には一致しません。低炭素の事業への転換は、仕事の再編、技能の習得、拠点の変更、雇用の減少につながることがあります。長期的な事業存続への期待と、短期的な雇用不安が並存することが、本論文の出発点です(p. 8)。

調べたのは、排出量の「削減」ではなく相対的な低さ

企業データを用いた分析の結果指標は、Scope 1・2の温室効果ガス排出量です。Scope 1は企業自身の活動による直接の排出、Scope 2は購入した電力などのエネルギーに伴う排出を指します。購入・販売する製品などを通じたScope 3は含まれていません(p. 11)。

ただし、排出量の単純な大小を比較しているわけでもありません。企業規模、財務状況、研究開発、業種の特徴を考慮して予測した排出量と、実際の排出量の差を用いています。その差から、似た企業に比べて排出量が相対的に低い企業を捉えます(pp. 11–13)。

前年より排出量を減らしたこと、気候目標に必要な水準へ到達したこと、環境負荷が全般的に低いことは、この指標からは分かりません。 特に、直接の排出が小さくても製品や投融資を通じた影響が大きい企業については、分析範囲を意識する必要があります。原著も、相対的に良いことと、絶対的に十分な成果を上げていることを区別しています(pp. 18, 29)。

一つの要因ではなく、条件の組み合わせを見る

企業データの分析に使われるのは、条件の組み合わせと結果の対応を、該当する程度の違いも含めて比較する方法(fuzzy-set Qualitative Comparative Analysis:fsQCA)です。例えば「従業員の権限が強い企業」という集合に、各社がどの程度当てはまるかを0から1で表します。

著者らは、株主・経営者・従業員について、それぞれの時間軸と意思決定上の権限を組み合わせています。時間軸とは、短期の成果と長期の存続・便益のどちらに重点があるかです。

測定では、最大株主の種類を株主の時間軸、経営者報酬と株価成果の結びつきを経営者の時間軸、従業員の離職・入れ替わりを雇用関係の長期性の代理指標にしています。従業員側の権限は、監督役会や委員会などでの代表の強さを捉えた指標です(Table 1, pp. 12–14)。本人の価値観を直接尋ねた尺度ではなく、制度や雇用条件から捉えている点に注意が必要です。

fsQCAでいう十分条件(sufficient condition)は、ある条件の組み合わせが結果の集合に含まれる関係を検討するものです。必要条件(necessary condition)は、結果が見られる際にその条件が欠かせないかを問います。実験で因果効果を確定したことや、将来の成功を保証することとは異なります。

四つの組み合わせから、何が分かったか

原著は、排出量が相対的に低いことと対応する四つの組み合わせを示しています。以下はTable 3(p. 19)を読むための簡略整理です。権限の細かな条件は原表で確認してください。

原著の組み合わせ主な特徴読みどころ
1:経営者と従業員の連携強い権限を持つ短期志向の株主に対し、長期志向の経営者と、安定した雇用関係・強い従業員代表が組み合わさる株主が短期志向でも、他の主体の連携が関わりうる
2:経営者と株主の連携長期志向の経営者と強い長期志向の株主が組み合わさり、従業員の権限は強いが、雇用関係の長期性は低い雇用関係の不安定さと、代表の権限の強さを区別する
3:長期志向の株主と安定した雇用関係株主・経営者・従業員側の権限が強く、株主と雇用関係の時間軸は長期的経営者の時間軸は、この組み合わせを成立させる条件に含まれていない
4:長期的な方向性の一致株主・経営者・雇用関係がいずれも長期的で、強い権限を持つのは従業員側他の主体の権限が弱くても、長期的な方向性の一致が関わりうる

著者らは、1・2を主体間の連携(coalition)、3・4を長期的な方向性の一致(alignment)として整理しています。ただし、3では経営者の時間軸を限定していません。「方向性の一致」という見出しだけで、すべての企業で三者の価値観が完全に同じだったと読まないことが大切です(pp. 20–21)。

四つに共通するのは従業員代表の強い権限です。それでも、強い代表があれば十分、あるいは低排出企業には必ず強い代表がいる、とは結論づけていません。原著の必要条件分析では、単独で必要と判定された条件はありませんでした。強い従業員代表は、単独では十分でなく、結果につながる組み合わせの中では外せない要素(INUS condition)と解釈されています。今回の組み合わせ以外にも結果に至る可能性を残す考え方です(pp. 18, 28)。

解全体の整合度(consistency)は.90、結果の集合をどの程度覆うかを示す被覆度(coverage)は.42です。後者は「排出量が42%減った」「56社の42%が成功した」という意味ではありません。集合への該当度に基づく値であり、示された組み合わせが結果の全体を説明しているわけではないことにも目を向けます。

権限を、実際の働きかけに変える四つの方法

次に著者らは、インタビューから従業員代表の関与の仕方を整理します。企業データの対象に含まれる従業員代表への16件と、専門家・他社の代表者などへの24件を合わせ、40件です。全件が同じ種類の回答者ではありません(pp. 16–17)。

そこで見いだされたのが、次の四つの働きかけ方です(pp. 22–26)。

働きかけ方原語何をするのか
環境対応が事業にもたらす利点を示すmaking the business case資源節約、競争力、将来の事業存続などと結びつけて、環境対応の意味を説明する
運営や実行を経営側とともに担うco-managing現場の知識や研修を通じて、環境改善を具体的な運営に反映する
環境課題を監督役会の議題にするagenda settingそれまで扱われていなかった課題を、継続して議論する対象にする
他の議題との交渉を通じて合意を得るdealing他の案件への協力などと組み合わせ、環境対応について具体的な合意を得る

これらの違いは、他者や意思決定に働きかけるために使う資源(power resources)の違いでもあります。説得する考え方や説明(ideational power)、現場の知識や運営能力(organizational power)、制度上の権限(formal-legal power)が、異なる形で使われています。

例えば原著には、従業員代表が環境改善とコスト効率・雇用維持を結びつけて研修を進める語りや、経営者報酬にサステナビリティの基準を含めるよう交渉する語りがあります(pp. 24–25)。これらはインタビューで報告された関与の事例であり、その施策単独の排出削減効果を測ったものではありません。

Table 4(p. 26)では、事業上の利点を示すことと、実行をともに担うことは、連携・方向性の一致の両方で見られます。議題化と交渉による合意は、方向性が一致する事例でのみ見られました。ただし、これは調べた事例での対応関係です。四つは相互排他的なタイプでも、全企業に当てはまる成功手順でもありません。

この研究で言える範囲

第一に、企業データは2013年、インタビューは2015–2023年です。二つの分析は、企業の条件と代表者の実際の関与を補い合う設計ですが、後年の語りがそのまま2013年の排出量の原因を示すとは限りません。同じ時期の条件・交渉・結果を追跡した因果分析として扱わないことが必要です。これは本記事が重視する読み方です。

第二に、fsQCAの結果は、条件の測定や、数値を集合への該当度に変換する設定(calibration)に依存します。例えば、離職率の低さを長期的な雇用関係の代理にしても、社員自身の環境問題への関心が直接分かるわけではありません。著者らもこの代理指標の限界を注記しています(p. 14)。

方法を詳しく読む場合は、p. 15の設定と注5も確認したいところです。著者らは、低排出と高排出の両方に同じ組み合わせが対応してしまう曖昧さを避ける指標(PRI)について、基準を.75以上としつつ、一つの解について例外を認めたと説明しています。補足表を読む際には、こうした選択が結果の範囲をどう変えるかも検討対象になります。

第三に、ドイツの大規模上場企業で得られた結果です。社員代表の制度が異なる日本企業や、小規模・新興企業にそのまま移せるとは限りません。インタビューも主として従業員代表の視点であり、同じ企業の経営者や株主から見た交渉過程を十分に突き合わせたものではありません(pp. 29–30)。

最後に、事業上の合理性で環境対応を説明することには、進めやすさと限界の両方があります。著者らは、従業員代表が経営側の論理を採用しやすく、その貢献が漸進的な改善にとどまる可能性を指摘します。相対的に良い企業を見つけることと、気候変動への対応が十分かを問うことは別です(p. 29)。

社内浸透への応用:誰が、どの判断に参加できるか

以下は、本記事独自の応用例です。ドイツの制度をそのまま導入する提案や、検証済みの診断尺度ではありません。

例えば、生産設備を低炭素の方式に切り替える場面では、環境効果と投資回収だけでなく、必要な技能、配置転換、雇用への不安も議題になります。「社員に方針を理解してもらう」ことに加え、現場の経験や懸念が、投資案の選択や実施条件にどう反映されるかを確かめます。

確かめたいこと見る対象
誰が参加しているか個人の意見募集、職場代表、労使協議、経営を監督する場など、参加の位置づけ
どの判断に関われるか情報提供だけか、議題の提案、代替案の比較、条件の交渉までできるか
何を使って働きかけるか現場データ、専門知識、他部門との連携、制度上の権限
時間軸がどこで違うか短期の収益・雇用への影響と、長期の事業存続・環境目標
何が実際に変わったか発言の回数だけでなく、投資案、技能支援、工程、排出量などの変化

Kimらの論文が扱う同僚間の働きかけと、この論文の従業員代表による経営への関与は、違う単位の現象です。両者をつなぐなら、職場で生まれた知識や提案が、誰を通じて経営上の議題になり、どの決定を変えたのかを追うことになります。

この視点は、事業戦略と日常業務に統合されたCSRを、決定済みの戦略を現場へ伝える問題だけでなく、現場が戦略の形成にどう関わるかという問題として考える手がかりになります。

原著を読む順番

  1. pp. 8–10で、従業員の声、制度上の権限、他者との関係を区別する。
  2. pp. 11–14の測定とTable 1を読む。環境面の結果が「調整後の相対的な排出量」であることを先に押さえる。
  3. pp. 18–21のTable 3と説明で、四つの組み合わせを読む。空欄は、その条件の有無を限定しないという意味で、欠測や条件の不在ではない。
  4. pp. 22–27とTable 4で、制度上の権限を実際の説明・協働・議題化・交渉にどう使うかを読む。
  5. pp. 29–30の限界を確認する。方法を詳しく追う場合は、p. 15と原著が案内するオンライン補足表も読む。

読み終えたら、三つの問い

  1. 自社の社員参加は、方針への理解と実行でしょうか。それとも、方針や実施条件を変えることまで含むでしょうか。
  2. 環境への対応と雇用の将来を話し合うとき、誰が何を根拠に、どの判断へ関与できるでしょうか。
  3. 事業上の利点だけでは説明しにくい環境対応を、意思決定の場でどう扱えるでしょうか。

北田の視点

集めた声は、誰のどの判断に届くのか

書籍の第7章では、現場と経営をつなぐサスパ制度を、第8章では、経営が担う判断と現場の工夫の関係を扱っています。この論文と照らして考えたいのは、意見を集めた後に、誰が議題にし、誰が選択肢や資源配分を見直すのかという点です。声を出せる場の設置と、判断に関与できることは、分けて確かめたいと思います。

論文が扱うドイツの従業員代表には制度上の権限があり、書籍の対話の仕組みと同じではありません。その違いを踏まえて、自社の提案が意思決定に届く経路と、採用・保留の理由が現場に返る経路を書き出してみる。声を集める施策の次を考える手がかりになります。

書籍とのつながり

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

  • 第7章「行動できる環境づくり」— 現場と経営をつなぐ仕組み
  • 第8章「社内浸透の取り組みと組織階層」

対象論文

Employee Voice and Corporate Governance: Power and Engagement for the Environment

Bartosch, J., Nicklich, M., & Jackson, G. (2026). ILR Review, 79(1), 5–35.

2025年オンライン先行公開、2026年巻号掲載。

原著の掲載ページを開く ↗

本文に基づく解説のデモ稿 · 2026年9月7日
ページ番号は原論文の印刷頁。応用例・読後の問いは本記事の考察です。

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