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CSRへの異論は、関与の弱さを意味するか

目的・進め方・仕事上の制約から、社員の葛藤を読む

理論・概念の整理(conceptual paper)

社員が経験するCSRとの葛藤(employee–CSR tensions)矛盾と相互依存(paradox)行動できる余地(perceived latitude)
この記事の目次
  1. この論文で考えたいこと
  2. 何と何の間に、葛藤が生じるのか
  3. 考え方だけでなく、仕事の中での立場を見る
  4. 異論に対する四つの反応
  5. 三つの条件を組み合わせると、何が予想されるか
  6. 社内浸透への応用:異論の理由と、変更できる範囲を聞く
  7. このモデルが扱っていないこと
  8. 原著を読む順番
  9. 読み終えたら、三つの問い
  10. 北田の視点
  11. 対象論文・出典

まず押さえたいこと

  • 自分が望むCSRと、会社が行っていると自分が捉えるCSRとの食い違いを扱う。異論が直ちに関与の弱さを意味するわけではない。
  • 対立の内容、思考の枠組み、当人の仕事へのCSRの組み込まれ方から、提案・交渉・距離を置くこと・行き詰まりを説明する。
  • 両面を考える人でも、目的への異論と仕事上の制約が重なれば動けなくなると論じる。四つの反応の対応関係は理論的な提案。
何への異論か取り組む目的か、目的を達成する手段か(type of tension)
どう捉えるか一方を選ぶか、対立とつながりの両方を見るか(cognitive frame)
仕事とどう関わるか当人の日常業務に、どの程度組み込まれているか(organizational situatedness)
三つの条件の組み合わせから、提案・交渉・距離を置くこと・行き詰まりという反応の違いを考える。
原著pp.1370–1382を読むための編集上の整理。反応との対応は下の表で示します。社員の固定的なタイプや、実証済みの診断尺度ではありません。

この論文で考えたいこと

会社のCSR方針に、社員から異論が出る。「理解が足りない」「関心が低い」と考えて、説明や研修を増やす。けれど、その社員は取り組みをよく理解しているからこそ、目的や進め方を変えたいのかもしれません。

Hahnらの問いは、会社のCSRに賛同していない社員が、あるときは提案や交渉に動き、別のときには距離を置いたり、身動きが取れなくなったりするのはなぜか、です。異論の内容、物事の捉え方、仕事上の制約という三つの条件を組み合わせて説明します。

これは、既存の研究を組み合わせて仕組みを提案する理論論文(conceptual paper)です。社員を調査して四つの反応の割合を確かめた研究ではありません。2024年のJournal of Management Studiesに掲載されています。

何と何の間に、葛藤が生じるのか

中心となる概念は、自分が望むCSRと、会社が行っていると自分が捉えるCSRとの食い違いから生じる葛藤(employee–CSR tensions:E-CSR tensions)です。会社の方針を外部の評価者がどう判定するかではなく、社員本人の経験に焦点があります(pp. 1369–1371)。

ここで大切なのは、「社会のためにもっと取り組みたい社員」と「利益を優先する会社」という一方向の構図に限らないことです。社員が事業への利益を重視し、会社の社会的な取り組みを資源の使いすぎだと受け止める場合も、著者らの議論に含まれます。

著者らは、食い違いを次の二つに分けています。

食い違いの対象何について意見が違うのか
目的をめぐる対立(conflict over CSR goals)CSRは何のために行うのか。企業の利益を主に目指すのか、社会の改善自体を目的にするのか、という基本的な考え方
手段をめぐる対立(conflict over CSR means)目的は共有しているが、その達成に今の施策・手順・指標が適しているか、という進め方

このモデルでは、目的をめぐる対立の方が根本的だと考え、目的について合意している場合に、手段をめぐる対立を扱います。現実の相談を必ず二者択一に分類できる、と実証したわけではありません。手段への不満として聞こえる話の奥に、目的への疑問がないかを確かめるための区別です。

考え方だけでなく、仕事の中での立場を見る

第二の条件は、対立するものをどう捉えるかという思考の枠組み(cognitive frame)です。

  • どちらか一方を選び、対立を解消しようとする捉え方(either/or thinking):相反する要求を、選択や妥協によって整理しようとする。
  • 対立を認めながら、両者のつながりも考える捉え方(both/and thinking):矛盾していても互いに必要な面があると考え、関係を保ちながら取り組もうとする。

後者は、何でも容易に両立できるという楽観論ではありません。社員も会社も、自分たちが望むCSRを実現するには互いの協力を必要とする。その関係と対立の両方を見る、ということです(pp. 1372–1373)。

第三の条件は、組織の中で置かれた立場や仕事の仕組みによる制約(organizational situatedness)です。原著は特に、そのCSRが当人の日々の仕事にどの程度入っているかに注目します(p. 1374)。

当人の仕事との関係原著が想定する状態
自分の日常業務に組み込まれているCSR(CSR in work)普段の作業や役割と密接に結びつき、CSRの基準が業績評価にも入っている
自分の日常業務との結びつきが弱いCSR(CSR at work)主に組織内の別の人が担い、当人には定期的なCSR業務が求められない

同じ取り組みでも、担当者には日常業務、別の部署の社員には時折接する活動、という違いがありえます。これは当人から見た仕事との関係であり、会社全体のCSRを二種類に分類する話ではありません。 また、「組み込まれている」といっても、自由に変更できるという意味ではありません。評価や手順に強く結びついているからこそ、距離を置きにくくなる場合があります。

異論に対する四つの反応

著者らは、社員がCSRにどう関わるかを四つに整理しています。違いをつなぐのが、状況に働きかける余地があると本人が感じる程度(perceived latitude)です。制度上の権限そのものや、Ruppらの論文が扱う「関わる動機の自律性」とは異なります。

反応原著での意味
自ら提案し、変化を起こそうとする(proactivity)現状を変えるため、CSRの取り組みを提案・推進する
話し合って進め方を調整する(negotiation)同僚や上司と交渉し、優先順位や手段について受け入れられる折り合いを探す
取り組みから距離を置く(disconnection)関与を避けたり、形式的な対応にとどめたりする
身動きが取れなくなる(paralysis)不満や行き詰まりを感じ、取り組むことも状況を変えることもできなくなる

原著Table I(p. 1368)は、上から下へ、感じられる行動の余地が小さくなるように並べています。ただし、四段階の成長過程でも、社員の固定的な性格分類でもありません。また、ここでの関与(engagement)はCSRへの関わり方であり、仕事全般の活力・熱意・没頭(work engagement)とは区別して読みます。

三つの条件を組み合わせると、何が予想されるか

Figure 1と命題1〜4bの内容を、仕事との関係と対立の対象から読み直すと、次のようになります(pp. 1375–1382)。表は著者らが提案する対応関係の整理であり、観測された結果の一覧ではありません。

対立の対象と、当人の仕事との関係どちらか一方を選ぶ捉え方対立とつながりの両方を見る捉え方
目的が対立し、日常業務に組み込まれている身動きが取れなくなる(命題1)身動きが取れなくなる(命題1)
目的が対立し、日常業務との結びつきが弱い距離を置く(命題2)自ら提案・推進する(命題4a)
目的は共有し、手段が対立する。日常業務に組み込まれている交渉して調整する(命題3)自ら提案・推進する(命題4b)
目的は共有し、手段が対立する。日常業務との結びつきが弱い距離を置く(命題2)自ら提案・推進する(命題4a)

特に読みたいのは、最初と三番目の行です。

目的に納得できないCSRが日々の仕事や評価として強く求められると、社員は「従えば自分の大切な考えに反し、自分の考えに沿えば会社の要求に反する」と感じます。どちらを選んでも一方の要求に反する板挟み(double bind)です。著者らは、この状況では両面を考えられる人でも身動きが取れなくなると論じています。

一方、目的は共有し、手段だけに異論があるなら、調整の余地があります。日常業務なので避けて通れなくても、上司と手順や指標を話し合える。著者らは、どちらか一方を選ぼうとする考え方が、この場合には対立を収めるための交渉につながると考えます。

ここに論文の理論的な貢献があります。両面を考えられれば必ず建設的に動けるとも、一方を選ぶ思考が必ず消極的な反応を生むとも限らない。 考え方の効果は、対立の内容と、置かれた仕事の条件に左右されるという説明です。

社内浸透への応用:異論の理由と、変更できる範囲を聞く

以下は本記事独自の応用例です。原著で効果が確認された施策や、社員を判定する診断尺度ではありません。

例えば、調達部門の社員が「今のサステナビリティ評価には納得できない」と言ったとします。この一言だけでは、何を変える必要があるかは分かりません。聞き取りを分けて考えます。

聞いてみたいこと確かめる論点
この取り組みは、本来何を目指すべきだと思いますか会社の目的への認識と、本人が望む目的の食い違い
目的には賛同していて、指標や手順を変えたいのでしょうか目的をめぐる対立か、手段をめぐる対立か
今の方法に従わないと、仕事や評価に何が起きますか当人にとっての制約と、取り組みから距離を置ける程度
どの部分なら、誰と相談して変更できそうですか提案や交渉を実際に行える余地

目的への疑問が残ったまま評価項目を追加すると、仕事への統合が行き詰まりを深める可能性があります。一方、手段を変えたい社員には、目的の説明を繰り返すより、試行や協議の場を設ける方が問題に合っているかもしれません。どちらもこの理論から導く検討課題であり、施策の効果は別途確かめる必要があります。

Aguinis & Glavasの2013年論文と読むと、CSRを事業戦略と日常業務に統合する際に、何を確認すべきかが具体的になります。Hahnらは統合の価値を一律に否定しているのではなく、異論のある取り組みが当人の仕事に入るときの条件を問うています。

Bartoschらの論文は、従業員代表が経営判断に関わる制度や実践を扱います。個人が感じる行動の余地と、代表者の権限がどのように接続するかは、二つの論文をつないで考えられる次の研究課題です。両者の関係自体を検証した研究ではありません。

このモデルが扱っていないこと

原著の限界を読むと、表をそのまま現場の分類表にすることの難しさが分かります(pp. 1386–1387)。

  • CSRそのものを全面的に拒否する人や、最初から無関心な人は、理論の対象に含めていない。
  • 対立の強さの違いや、怒りなどの感情が果たす役割を十分に説明していない。
  • ある時点の条件と反応を整理したモデルであり、対話を通じた変化や、同僚間での反応の広がりは今後の課題になっている。
  • 社員の関与が、企業全体の社会・環境面の成果を改善するかまでは説明・検証していない。

論文から得られるのは、社員を分類する完成済みの道具というより、説明すべき条件を見落とさないための問いです。「異論がある」という同じ観察から、複数の反応が生まれる理由を考えるところに価値があります。

原著を読む順番

  1. pp. 1370–1371でE-CSR tensionsの定義と、目的・手段の区別を読む。手段の対立では目的の合意を前提にする点を確認する。
  2. p. 1368のTable Iで、四つの反応と、本人が感じる行動の余地の違いを押さえる。
  3. pp. 1372–1374で思考の枠組みと仕事上の制約を読み、p. 1375のFigure 1で組み合わせる。
  4. pp. 1375–1382の命題を、特に「両面を考えても動けない場合」と「一方を選ぶ思考が交渉につながる場合」に注目して読む。
  5. pp. 1383–1385の貢献と、pp. 1386–1387の限界を照らし合わせ、どの関係を実際のデータで確かめたいか考える。

読み終えたら、三つの問い

  1. 自社で「消極的」と見られている人は、CSRに無関心なのでしょうか。それとも、目的や方法に異論があるのでしょうか。
  2. 日常業務や評価への反映は、本人にどのような行動の余地を与え、何を難しくしているでしょうか。
  3. 社員の異論を、方針への賛否だけでなく、提案や交渉につながる過程として捉えるには、何を観察すべきでしょうか。

北田の視点

異論の中で、何を問い直しているのか

書籍の第6章では、抵抗の背景にある負担や不信、価値観の違いを聞くことを扱っています。Hahnらの理論を重ねると、何への異論かをさらに具体的に考えられます。CSRに取り組む目的への違和感なのか、目的には賛成していても進め方に納得できないのか。見かけが似た反応でも、話し合うべき内容は異なります。

特に、CSRが日常業務や評価に入るほど、異論を持つ社員が身動きを取りにくくなる可能性に注目したい。制度に入れることと、その制度を問い直せることを一緒に考える必要があります。ただし、この論文はCSRへの無関心や全面的な拒否を対象としておらず、抵抗のすべてを説明するものではありません。

書籍とのつながり

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

  • 第6章「担当者の熱量と仲間(ピア)の広げ方」— 抵抗の理由を聞く
  • 第7章「行動できる環境づくり」

対象論文

Employee-CSR Tensions: Drivers of Employee (Dis)Engagement with Contested CSR Initiatives

Hahn, T., Sharma, G., & Glavas, A. (2024). Journal of Management Studies, 61(4), 1364–1392.

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本文に基づく解説のデモ稿 · 2026年9月7日
ページ番号は原論文の印刷頁。応用例・読後の問いは本記事の考察です。

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