まず押さえたいこと
- 高い目標の作用は、目標値だけでは決まりません。能力を伸ばす支援、助け合える関係、方法を選べる裁量との組合せが、社員の受け止め方に関わります。
- 事例では、細かな時間記録は中止されましたが、結果への高い要求は残りました。社員の仕事は、作業をこなすことから、工程そのものを改善することへ変わっています。
- 成功した一部門の研究であり、目標を厳しくすればよいという根拠にはできません。改善の中身、社員の適性、長期的な負担をあわせて確かめる必要があります。
目標を上げた先に、何を変える余地があるか
同じ人数で、来年はさらに多くの仕事を処理してほしい。そう言われた社員は、作業を急ぎ、残業を増やすかもしれません。一方、手順を省き、自動化し、仕事の分担そのものを変える人もいるでしょう。どちらも目標への対応ですが、継続できる改善の幅は違います。
この論文が扱うのは、従来のやり方の延長では達成が難しい目標、ストレッチ目標(stretch targets)です。研究者は、強い生産性要求の下でも社員が工夫を続ける経理部門に注目しました。問うのは、高い目標が、どのような仕事の仕組みと組み合わさっていたかです。目標の厳しさだけを取り出すと、事例の読みどころを失います。
急成長企業の一部門で、管理の変化を追う
対象は、米国に本社を置く多国籍技術企業GlobSearchの経理部門です。社名は仮名です。新製品や買収が相次ぐため、経理でも、毎年同じ処理を繰り返すだけでは対応できない状況でした。研究者は、革新性や雇用主としての評価が高い企業を、理論を考えるための特徴的な事例として調べています。
資料は35回の面接、社内文書、訪問時の観察、公開情報です。面接は2007年に3回、2010–2013年に25回、2016–2017年に7回行われました。分析の中心は2010–2013年で、その前後の調査は導入の背景や継続した変化を確かめる役割を持ちます。
この方法の強みは、同じ職場で指標の導入、反発、運用の修正をたどれることです。一方、本人が語った動機を理論で解釈する研究であり、心理状態や管理の効果を実験で直接測定したものではありません。
細かな時間記録は、18か月で取りやめになった
2011年、経営側は経理などの支援部門について、事業の拡大ほど人員・費用を増やさずに仕事を進めるよう求めました。経理の管理者は品質と生産性のダッシュボードを導入し、年10%の改善を目指した後、多くの領域で20%へ目標を高めます。成果に応じた報酬も組み合わされました。
当初は、業務ごとの所要時間を記録する仕組みも加わりました。外部の受託者には有効だった方法ですが、社員からは、細かく監視されている、専門性を信頼されていないという反応が出ます。記録のための手間に加え、それが何に役立つかという説明も十分に伝わっていませんでした。
管理者はこの反応を受け止め、18か月の試行後に時間記録を中止しました。ただし、高い結果を求める方針は残し、事業が拡大しても採用を抑えることで、改善の必要性を維持しました。社員の意見によって、達成方法への介入の仕方が変わった点が重要です。
社員の仕事が、処理から工程のつくり直しへ変わる
社員は、重複した作業をなくす、システムで自動化する、標準化した処理を外部へ移すという改善を進めました。新しい製品や買収に伴う仕事を、安定して処理できる手順へ整えることも、その役割です。経理の正確さを保つことが、ダッシュボードでは最優先に置かれていました。
論文は、工程自体を効率化する改善と、人件費の異なる受託者・地域へ仕事を移す費用面の改善を区別します。後者では、自社の費用が下がっても、仕事に必要な時間そのものが同じ程度減ったとは限りません。生産性という一つの数字の中に、異なる変化が含まれるのです。
部門では複数年にわたる高い改善が報告されましたが、急成長による仕事量の増加も関係しています。数値をそのまま他社の目標水準にするより、何を省き、何を自動化し、誰へ仕事を移したかを読むと、改善の実態を理解できます。
「自分で引き受ける」と「仕事そのものが楽しい」は違う
著者らは、自己決定理論(self-determination theory)を使って社員の動機を解釈します。自律的な動機(autonomous motivation)は、外から目標を与えられない状態だけを指しません。会社が設定した目標でも、その意義を理解し、自分の価値観と結びつけて引き受ける場合があります。
その過程が内面化(internalization)です。報酬のためだけに従うことや、叱られる不安から無理を重ねることとは区別されます。また、仕事をすること自体が楽しいという内発的動機とも、完全に同じではありません。外から与えられた課題の意義に納得する動機も含む点が、この論文では重要です。
事例の社員は、会社の目指すものへの共感や、業務を改善する専門家としての自負を語っています。著者らは、そうした意味づけが、プレッシャーを本人の望む挑戦として捉え直すことを支えたと解釈します。
目標を支えたのは、採用・学習・協力・裁量の組合せだった
自己決定理論では、できるという感覚である有能感(competence)、仲間とのつながりである関係性(relatedness)、自分で行動を選べる自律性(autonomy)が重要です。論文は、この三つを、結果管理、人材の採用・育成、職場文化の組合せから説明します。
採用では、経理の専門知識に加え、工程改善に取り組む姿勢が重視されました。プログラミングや受託者への指導など、必要な技能も増え、研修や技術基盤が整えられます。挑戦を求めるだけでなく、それに対応できる能力と仕事を結びつける仕組みがありました。
文化面では、経営者が大きな目標を語る一方、同僚が助け合い、階層を越えて相談できる関係が描かれます。方法を自分で選ぶこと、試した結果から学ぶことも認められていました。裁量とは単に任せることではなく、提案を実行できる支援と、失敗から学ぶ扱いが伴うことだと読めます。
評価では、達成率の背後にある工夫も聞いていた
管理者は社員の評価に際し、生産性データとともに、その期に何を工夫したかという説明を求めました。以前に導入した自動化の効果が今期の数字に現れる場合もあるため、現在の数値をそのまま現在の努力と同一視しない工夫です。
また、全員が工程を変える役割を好んだわけではありません。リスクを避ける傾向の強い社員には、高度な会計専門家など別の役割で貢献する余地もありました。人の入れ替わりも生じています。したがって、社員全員が目標に納得するようになった、という読み方はできません。
過大な仕事量が見えた場合には仕事を他の人へ移し、社員調査から負担を確かめる運用もありました。ただし、これによって長期の健康や幸福が守られたことまで、この論文が立証したわけではありません。
この点を実務へ持ち帰るなら、評価面談で「何%達成したか」に加え、「どの変更が効いたか」「過去の改善が今期に効いた分はどれか」「次に必要な支援は何か」を聞くことが考えられます。数値の説明を求める場が、本人を追い込む場にも、工夫を認めて次の挑戦を支える場にもなりうることに注意が向きます。
サステナビリティの目標へ応用する際に確かめたいこと
以下は、この研究を環境目標へ読み替える本記事の考察です。例えば材料ロス削減を求めるなら、担当者が工程や仕様を変えられるか、試験に必要な技能や協力先があるか、品質を守りながら試せるかを、目標値と一緒に検討できます。
その際、本人が納得したことと、社会・環境面で望ましい成果が出たことを分けます。費用の安い外部へ処理を移すだけでは、環境負荷が移転する可能性もあります。社員の自律性を支える運用と、会社の外を含めた結果の確認が必要です。
本研究は、成功した特徴的な企業の一部門です。高い採用基準、成長環境、社員の適性が関係しており、目標を厳しくする効果を一般化できません。重要なのは、目標を上げる前に、その達成を支える仕事の条件を問うことです。
原著は、管理の変更と評価の場面から読む
まず第IV節で、時間記録への反発から運用変更に至る過程を読み、図2のダッシュボードで品質と生産性の位置づけを確かめます。次に図4で、自動化による改善と外注による費用の変化を区別すると、数字の中身が見えてきます。
続いて評価面談の記述と、人材・文化の説明を読み、第V節の有能感・関係性・自律性へ戻ります。理論の三項目をチェックリストとして当てはめるより、どの出来事がその解釈を支えているかを確かめる読み方が有効です。
対象論文
Interrelation of Controls for Autonomous Motivation: A Field Study of Productivity Gains Through Pressure-Induced Process Innovation
Pfister, J. A., & Lukka, K. (2019). Interrelation of Controls for Autonomous Motivation: A Field Study of Productivity Gains Through Pressure-Induced Process Innovation. The Accounting Review, 94(3), 345–371. https://doi.org/10.2308/accr-52266
原著の掲載ページを開く ↗原著本文に基づく解説 · 2026年9月13日
応用例・実務への問い・書籍との接点は本欄の考察です。