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CSRは、個人の意識だけで説明できるか

社員の心理と、職場で取り組みが形になる過程をつなぐ

二つの研究潮流を比較する理論的論考(critical essay)

心理と社会的実践(psychological and sociological approaches)個人から組織を考える(microfoundations)個人と組織・社会のつながり(micro–macro link)
この記事の目次
  1. この論文で考えたいこと
  2. 同じ「ミクロ」でも、見ているものが違う
  3. 「人から組織へ」を、三つの水準に分ける
  4. 二つの研究は、互いから何を学べるか
  5. 著者らが提案する、四つのつなぎ方
  6. 社内浸透への応用:一つの提案が通るまでを追う
  7. この論文から言えること、まだ言えないこと
  8. 原著を読む順番
  9. 読み終えたら、三つの問い
  10. 北田の視点
  11. 対象論文・出典

まず押さえたいこと

  • 個人の態度や行動を説明する心理学的な視点と、人々の関係・実践を捉える社会学的な視点を比較する。
  • 個人の内側、人々の間、組織内の実施過程という三つの水準をつなぐ。組織・社会との関係も今後の課題として捉える。
  • 新たな企業調査や効果量の統合ではなく、研究の前提と盲点を整理し、今後の研究の方向を提案する論文。
個人の受け止め方を捉えるCSRが動機・評価・態度・行動とどう関わるか心理学的アプローチ(psychological approach)
人々の関係と実践を捉える誰が、どんな立場や働きかけでCSRを形づくるか社会学的アプローチ(sociological approach)
個人が置かれる組織・社会の条件と、個人がそれらを変えようとする過程を、両側から考える。
原著の二つの研究潮流の比較に基づく編集上の整理。排他的な二分類や、実証済みの因果モデルではありません。

この論文で考えたいこと

CSRへの理解や共感は高まった。それでも、部署をまたぐ提案が通らず、日々の判断も変わらない。このとき、社員の意識をさらに調べるだけで、何が起きているかを説明できるでしょうか。

GondとMoserの問いは、CSRを受け止める個人の心理と、人々が関わり合いながらCSRを形にしていく過程を、どうつないで考えるかです。企業の社会的責任(corporate social responsibility:CSR)を人から捉える研究には、個人の認識・動機・反応に注目する流れと、職場の関係・交渉・実践に注目する流れがある。両者を比較し、それぞれが見落としやすい問題を示します。

これは、研究の前提を問い直す批判的論考(critical essay)です。新たに企業や社員を調査して、社内浸透の効果を確かめた論文ではありません。2021年のHuman Relationsに掲載されています。著者らの研究知識に加え、専門家から推薦された60本の代表文献を参照しながら議論しています。10人の専門家への照会が行われていますが、分野全体を網羅した体系的レビューや、効果量を統合するメタ分析とは区別します(原稿pp. 5, 8)。

同じ「ミクロ」でも、見ているものが違う

個人の判断や行動、相互の関わりから組織の現象を説明しようとする視点(microfoundations)は、「社員の心理を調べること」だけを意味しません。例えば、CSR担当者が誰に相談し、どのように提案を言い換え、どこで承認を得るかも、人々の働きからCSRを説明する問いです。

著者らは、研究の二つの流れを次のように対比します。Table 2(原稿p. 45)を、実務の問いに引き寄せて整理したものです。

比較する点個人の心理から捉える研究(psychological micro-CSR)人々の関係と実践から捉える研究(sociological micro-CSR)
人の捉え方CSRを認識し、評価し、反応する個人他者と関わり、協力や交渉を必要とする当事者
中心となる問いCSRが、誰のどのような態度や行動と結びつくのかCSRの方針や取り組みが、誰のどのような働きによって形になるのか
注目するもの動機、認識、感情、会社への愛着、協力行動など会話、影響力、役割、対立、専門職の仕事、実施の過程など
よく使われる調べ方質問票や実験を使って、変数間の関係とその条件を調べるインタビュー、観察、事例研究によって、取り組みの進み方を追う
CSRの置かれ方人の態度や行動に影響する要因として扱うことが多い人々の活動や関係を通じて成立する取り組みとして扱うことが多い

これは研究の傾向を整理した対比です。心理学的研究は個人しか扱わず、社会学的研究は心理を扱わない、という境界ではありません。 原著も、職場グループを扱う心理学的研究や、人の感情・自己理解を扱う社会学的研究を取り上げています。質問票かインタビューかだけで、研究の立場が決まるわけでもありません(原稿pp. 8–12, 47)。

二つの流れを読むときには、「何がCSRの結果なのか」を確かめると違いが見えます。会社への愛着が強まることと、CSR方針の運用が定着することは、同じ結果ではありません。

「人から組織へ」を、三つの水準に分ける

原著Table 4(原稿p. 47)は、ミクロCSRという言葉の中に含まれる問いを、三つの水準に整理しています。下の問いは原著の分類を平易に言い換えたものです。

観察する水準何を明らかにするのか
一人の中で生じること(intra-individual)CSRをどう捉え、何を感じ、なぜ関わるのか。認識は態度や行動とどう結びつくのか
人と人の間で生じること(inter-individual)誰が誰に働きかけるのか。集団やネットワークを通じて、取り組みはどう進むのか
組織の中で取り組みが形になること(intra-organizational)方針や施策はどう設計・実施されるのか。担当する仕事や役割、CSRの語られ方はどう作られるのか

最後の水準も、人々が実際に何をするかに焦点があります。企業全体の環境成果を、社員の回答の平均値だけで説明するという意味ではありません。また、この三つは「意識が高まり、次に協力が生まれ、最後に制度になる」という確定した段階モデルでもありません。

著者らが提案するのは、水準の間をつなぐ仕組みを、研究の問いにすることです。例えば、社員それぞれの認識が、職場で共有されるCSRについての捉え方(CSR climate)にどうつながるのか。その共有された捉え方が、今度は社員の認識にどう影響するのか。あるいは、方針の実施が進むにつれて、社員の認識や行動はどう変わるのかを問います(原稿pp. 16–17)。本論文がこれらの関係を実証したわけではありません。

二つの研究は、互いから何を学べるか

個人の心理に注目する研究は、どの認識や動機が、どのような結果と結びつくかを詳しく検討できます。ただし、社員を一般的な「回答者」として扱うと、所属する部署、関係者との力関係、担当する具体的な仕事、変化の経緯が見えにくくなります。CSRによる誇りや意欲だけを調べれば、強すぎる統制や、真正性の喪失といった負の側面も見落としかねません(原稿pp. 12–14)。

一方、関係と実践に注目する研究は、取り組みが進む過程や、対立を細かく描けます。しかし、それぞれの事例の固有性を強調するだけでは、どの条件なら別の職場でも同じ説明が成り立つかが分かりにくくなります。担当者が「何をしたか」に加え、「なぜそうしたか」を説明する個人の価値観や動機も必要です。複数の事例を比較し、共通する仕組みと違いを整理することが課題になります(原稿pp. 14–15)。

この論文は、社会学的な見方で心理学的な研究を置き換えようとするものではありません。人の内側を説明する強みと、人々の間で起きることを説明する強みを、互いの不足を確かめながら使うことを目指しています。

著者らが提案する、四つのつなぎ方

研究をただ並べるだけでなく、どう組み合わせるか。Table 3(原稿p. 46)と本文では、四つの方向が提案されています。

つなぎ方提案の要点
分析する水準をつなぐ(hierarchical integration)個人の認識、人々の関係、組織内の実施過程をつなぐ仕組みを問う。経営層と現場の比較だけを意味するものではない
概念をつなぐ(conceptual integration)影響力(power)や、仕事に感じる意義(meaningfulness)を、心理と関係・実践の両方から捉える
調べ方をつなぐ(methodological integration)複数時点・複数水準の調査や、質的・量的な方法を組み合わせる。条件の組み合わせを比較するfsQCAも候補として挙げる
実務への関与に両方の視点を生かす(engaged integration)使える管理の道具を作ることと、その道具が人や社会に与える影響を批判的に確かめることを結びつける

特に実務との接点が強いのは、影響力と意義の扱いです。

影響力については、当人の性格と、組織内で置かれた立場を分けて考えます。 CSRに強く関わりたい人がいても、何を決められる立場にあり、誰とどのように働きかけるかで、実施の過程は変わるはずです。著者らは、個人の権力への関わり方と、組織内の立場・政治的な過程を一緒に調べることを提案しています(原稿p. 18)。

仕事に意義を感じることも、よい効果だけを想定しません。 心理学的研究は、CSRが仕事の目的や関与を支える面に注目してきました。一方、批判的な社会学的研究は、意義への期待が過剰になり、不都合を生む可能性にも注目します。著者らは、誰がどのような状況で意義を経験し、それがどのような結果につながるかを、両面から説明する必要があると論じます(原稿pp. 18–19)。

ここでの意義の実感(meaningfulness)は、取り組みをどう解釈するかという意味づけ(sensemaking)と区別します。取り組みの意味を理解できても、意義を感じるとは限りません。

社内浸透への応用:一つの提案が通るまでを追う

以下は、本記事独自の応用例です。原著が検証した施策や診断尺度ではありません。

例えば、調達先の選定に環境・人権の条件を加えたいのに、担当部署からの提案が進まないとします。この場面では、社員の賛同率と併せて、一つの提案がどのように扱われたかを追ってみます。

確かめること観察・聞き取りの例
本人の受け止め方担当者は何を実現したいのか。取り組みにどのような価値や不安を感じているか
人々の間の働きかけ誰に相談し、どの説明が受け入れられたか。異論はどこで出て、誰の協力を得たか
実施の仕組み提案はどの会議で判断されるか。価格・納期との対立を誰が調整し、手順を誰が変えられるか
時間を通じた変化協議の前後で、提案の内容、関係者の認識、承認手順、実際の調達判断はどう変わったか

「賛同しているのに提案が通らない」と分かれば、追加の啓発だけでなく、相談相手、判断の場、役割の見直しを検討できます。反対に、制度上の手順があっても、社員がその取り組みをどう受け止めているかは別に確かめる必要があります。

また、社内で提案が通ることと、取引先の労働条件や環境負荷が改善することは別の結果です。社内の実施過程を確認したうえで、社外への効果も観察する。この区別は、会社にとって使いやすい道具を作るだけで終わらせない、という著者らの問題意識につながります(原稿pp. 21–22, 27)。

Gondらの2017年論文が整理した動機・評価・反応を、職場の関係や実施過程へ広げると、このような問いになります。Kimらの論文は個人と職場グループの関係、Bartoschらの論文は従業員代表が経営判断に関わる仕組みを扱っています。研究ごとに何を観察しているかを比較すると、個人から組織を説明する際に足りない接続が見えてきます。

この論文から言えること、まだ言えないこと

この論文の成果は、二つの研究の流れを比較し、今後確かめるべき関係を明確にしたことです。四つの統合方針の効果を比較した研究でも、個人の意識から組織変革に至る因果モデルを検証した研究でもありません。

文献の選び方も、著者らの知識と専門家による代表文献の推薦に基づきます。代表的な考え方を比較するための材料であり、二つの研究の比率や、どちらが優れているかを数量的に推定するものではありません。選定の詳しい手順はオンライン補足資料に委ねられています。

さらに著者らは、ミクロの説明と、組織全体・市場・制度の説明をつなぐことを、今後の課題として残しています。企業に属する人や就職希望者への偏りも指摘し、地域住民、顧客、NGOなどへの展開を提案しています。同じ人が社員でも住民でもあることを考えると、会社の中だけで完結しない読み方が必要です(原稿pp. 23–27)。

原著を読む順番

  1. Table 2(原稿p. 45)で、二つの研究が「人」と「CSR」をどう捉えているかを比べる。方法の違いだけで読まない。
  2. Table 4(原稿p. 47)で、自分の問いが三つの水準のどこにあるかを確かめる。両方の研究が扱う領域も確認する。
  3. 原稿pp. 12–15で、それぞれが相手から学べることを読む。自分の得意な調べ方の盲点を探す。
  4. Table 3(原稿p. 46)と原稿pp. 16–22を往復し、つなぎたい水準・概念・方法を選ぶ。
  5. 原稿pp. 23–27で、組織全体との接続、対象者の偏り、実務との関わりについての課題を読む。

読み終えたら、三つの問い

  1. 自分が知りたいのは、社員の認識の変化でしょうか、人々の関係の変化でしょうか、それとも取り組みの運用の変化でしょうか。
  2. 社員の反応を説明するとき、その人が誰と関わり、何を決められる立場にあるかを観察しているでしょうか。
  3. 社内の取り組みが進むことと、社会・環境への効果が生まれることを、どのように分けて確かめるでしょうか。

北田の視点

意識の変化と、一つの提案の行方を一緒に見る

書籍の第6章から第8章では、個人の熱量、仲間、行動を支える環境、組織階層へと視野を広げています。GondとMoserの論文は、こうした実践を調べるときに、本人の心理と、人々のやり取りの両方を見る理由を考えさせてくれます。賛同する社員が増えたことだけでは、提案が組織の判断に届いたかは分かりません。

たとえば、一つの改善提案について、発案者の動機、同僚との調整、会議での扱いをたどってみる。同じ人の意欲が変わらなくても、周囲との関係や会議の進め方で提案の行方は違うかもしれません。これは論文が検証した手順ではなく、二つの研究の見方を実務の問いに引き寄せた読み方です。

書籍とのつながり

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

  • 第6章「担当者の熱量と仲間(ピア)の広げ方」
  • 第8章「社内浸透の取り組みと組織階層」

対象論文

The reconciliation of fraternal twins: Integrating the psychological and sociological approaches to ‘micro’ corporate social responsibility

Gond, J.-P., & Moser, C. (2021). Human Relations, 74(1), 5–40.

2019年オンライン先行公開、2021年巻号掲載。解説は著者採択原稿に基づく。

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本文に基づく解説のデモ稿 · 2026年9月7日
応用例・読後の問いは本記事の考察です。

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