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CSRの研究は、人材マネジメントに届いているか

「効果がある」の先にある、仕組みと条件を読む

学術文献と実務文献を比較する統合的レビュー(integrative literature review)

CSRと人材マネジメント(CSR–HRM nexus)研究と実務の隔たり(research–practice gap)条件と仕組み(contexts and mechanisms)
この記事の目次
  1. この論文で考えたいこと
  2. 何を比較した論文か
  3. 二つの「届いていない」を区別する
  4. 大枠は共有されても、「どう効くか」が抜け落ちる
  5. ボランティアに参加すれば、仕事の行動も変わるのか
  6. 社内浸透を、人材マネジメント全体の問題として考える
  7. 実務への応用:研修の次に、何を変えるか
  8. このサイトで論文を解説する意味
  9. どこまで言えて、何が残るか
  10. 原著を読む順番
  11. 読み終えたら、三つの問い
  12. 北田の視点
  13. 対象論文・出典

まず押さえたいこと

  • CSRと人材マネジメントの効果への期待は、学術文献と実務文献で広く共有されている。
  • 効果を生む経路、組織の条件、仕事への統合に関する知見が、実務向けの説明では伝わりにくい。
  • 比較対象は2000年から2019年前半までの文献。実務家本人の知識・行動や、現在の全企業の実態を直接調査した研究ではない。
どの成果を期待するか採用・定着・社員の関与や組織の成果成果(outcomes)
なぜ、その成果が生まれるかCSRと人材施策が働く過程を確かめる仕組み(mechanisms)
どんな組織で成り立つか状況や施策の進め方による違いを見る条件(contextual factors)
効果への期待が共通していても、それを生む仕組みや成立する条件まで共有されているとは限らない。
原著の学術・実務文献の比較を読むための編集上の整理。個別施策の効果や実務家の理解度を測定する尺度ではありません。

この論文で考えたいこと

「CSRに力を入れると、採用に有利になる」「社会貢献活動は社員の成長につながる」。社内でこうした説明をする機会は多いかもしれません。しかし、どの取り組みが、誰に、何を通じて働きかけるのかまで説明できるでしょうか。

Podgorodnichenkoらは、学術論文147本と実務家向けの記事160本を比較し、CSRと人材マネジメントについて、何が共有され、何が伝わっていないかを調べました。大まかな期待は似ていても、成果につながる過程や条件については、伝えられている内容が違っていたのです。

この論文の読みどころは、「研究成果を分かりやすく伝えよう」という提案だけではありません。実務が必要とするのに研究が十分でない問いと、研究はあるのに実務向けの記事に届いていない知見を分けることです。社内浸透の施策を考える側にも、論文を解説する側にも使える視点です。

何を比較した論文か

対象は、企業の社会的責任とサステナビリティ(corporate social responsibility / sustainability:CSR/S)と、人材マネジメント(human resource management:HRM)の接点です。原著はCSRとサステナビリティをまとめて扱いますが、両者があらゆる意味で同一だとするわけではありません。

著者らがいうサステナビリティを支える人材マネジメント(sustainable HRM)には、二つの側面があります。社員がCSRに関わるための採用・育成・評価・仕事の設計と、社員自身の健康、公平な処遇、多様性などに責任を持つことです。社員をCSRの実行役として育てることと、社員に対して責任を果たすことの両方が含まれます(p. 2、Table 1)。

研究方法は、一定の手順で文献を集める体系的レビュー(systematic literature review)に基づく、学術・実務文献の統合的な整理(integrative literature review)です。各論文の効果量を統計的に統合するメタ分析ではありません。

比較の設計内容
対象期間2000年から2019年前半。People Management誌はアクセス上の制約により2006年以降
学術側初期の選定で95本を残し、社員への直接的な影響を補う引用文献の追跡で52本を追加。計147本
実務側人事専門誌、研究と実務をつなぐ雑誌、専門団体のウェブ記事などから160本
比較した内容採用・育成・定着などの人事上の成果、組織の成果、社員の態度・行動、実務への助言
比較の方法内容をコード化し、両者の一致、実務が求めるのに研究が薄い論点、研究にあるのに実務記事に届かない論点を整理

研究の質の評価と全文の確認を経て文献を選んでいます。社員への直接的な影響については検索式だけでは十分に拾えなかったため、引用をたどって補っています。著者ら自身、この部分は網羅的ではないと認めています(pp. 4–6、Figure 1)。

なお、掲載巻の年は2022年、オンライン先行公開は2021年5月18日です。比較対象となった文献は2019年前半までなので、2022年時点の全研究を整理したものとして読まないことも大切です。

二つの「届いていない」を区別する

第一は、実務が知りたいことが、研究の問いとして十分に扱われていないこと(knowledge lost before translation)です。例えば、社会貢献活動への参加は、どのような条件で社員の能力開発につながるのか。実務記事では期待が語られていても、それを裏づける研究が、対象とした学術文献には十分にない場合です。

第二は、研究で得られた知見が、実務向けの説明に十分に反映されていないこと(knowledge lost in translation)です。CSRへの反応が個人の価値観や会社からの支援によって違うと研究されていても、実務記事では「CSRは社員によい影響を与える」とだけ紹介される場合が当たります(pp. 3–4)。

ここでの「translation」は、日本語と英語の翻訳だけを指しません。研究の知識を、実務で検討できる問いや説明へ移すことを含みます。前者は研究課題の選び方、後者は知見の伝え方に関わるため、対応も異なります。

大枠は共有されても、「どう効くか」が抜け落ちる

比較した実務記事160本のうち、学術研究を引用・参照していたものは18本でした(p. 6)。ただし、引用がないことを、その記事の内容が誤っている証拠と考えることはできません。著者らは、事例、専門家の意見、調査などを含め、伝えられた内容自体を比較しています。

主な違いは、次のように整理できます。

論点比較から見えた違い読み分けたいこと
採用両者ともCSRの魅力を認めるが、学術研究は応募への関心と入社の意思決定、CSRの対象、本人の価値観などを区別する「魅力を感じる」と「入社を決める」は同じ成果ではない
社員の成長実務記事はボランティア参加による能力開発を強く期待するが、この接点を扱う学術研究は少ない参加の機会と、何を学び仕事に使えるようになったかを分ける
会社との関係実務記事は「忠誠心」「会社との関係」と広く表現しがちだが、研究は愛着、信頼、一体感などを区別する何が変わったかを特定しないと、施策の評価も曖昧になる
CSRへの関与研修や評価への反映の重要性は共有されるが、研究側が勧める職務設計・職務記述への反映は実務記事で十分に扱われない活動への参加を促すことと、日常の役割を変えることを区別する
環境面の成果実務記事は在宅勤務、移動削減、環境配慮型の福利厚生による直接的な効果に関心を向けるが、対象の人材マネジメント研究では十分に扱われない実務の着想を、研究がまだ十分に検討していない場合もある

出典は、採用がpp. 6–7とTable 2、能力開発がpp. 7–8、会社との関係がpp. 10–13とTable 4、役割の設計がp. 14、環境面の成果がpp. 10、15、17です。

特に注意したいのが世代の説明です。実務記事では「世代によってCSRへの反応が異なる」と語られますが、著者らは、レビュー対象の学術文献にそれを支持する根拠を見いだしていません。一方、価値観、選べる仕事の多さ、自分と会社の価値観の適合などによる違いは扱われていました(p. 7)。

これは「世代差は存在しない」という結論ではありません。世代という大きな区分だけを、施策を変える根拠にしてよいのかを問い直す結果です。

ボランティアに参加すれば、仕事の行動も変わるのか

社内浸透を考えるうえで興味深いのが、ボランティアをめぐる議論です。実務記事では、参加が社員の成長、協働、CSRへの関与につながると期待されています。しかし、そのつながりのどこまでを研究が確かめているかは分ける必要があります。

著者らが取り上げた研究の一つは、会社がボランティアの機会を提供することと、社員のボランティアへの関与を扱っていました。ところが、それは別のCSR活動への関与や、日常業務での実践にまで広がるかを検証した研究ではありません(p. 14)。

協働についても、実務記事は「CSR活動への参加がチームワークを育てる」と期待します。一方、学術研究には、サステナビリティに沿った研修や報酬などが協働を支え、その協働が成果につながる過程を扱うものがありました。活動への参加を出発点にする説明と、人事制度が協働を可能にするという説明は、同じではありません。

ボランティアの価値を否定する議論ではなく、参加した後に何が起きると期待しているのかを具体化するための議論です。研究の不足は、このレビューの範囲についての判断であり、ボランティア研究など他分野にも知見がないという意味ではありません。

社内浸透を、人材マネジメント全体の問題として考える

著者らは比較結果を踏まえ、今後検証すべきモデルを提案します。その出発点は、能力・動機・機会を一緒に考える枠組み(Ability–Motivation–Opportunity framework:AMO)です。研修や社内発信の一施策だけでなく、人材マネジメントを一つの仕組みとして捉えます(pp. 15–16)。

観点著者らが挙げる人材マネジメントの例
能力(ability)CSRに関わる知識や能力を育てる研修、採用、入社後に方針や仕事の進め方を学ぶ機会
動機(motivation)取り組みへの報酬・支援、方針の説明、健康や公平さに配慮した人事施策
機会(opportunity)仕事の内容や責任への反映、目標・評価への接続、社員から提案できる仕組み

評価制度は、働きかける側面によって動機と機会の両方に関わりえます。原著でも本文・表・図で置き方が異なるため、この表は施策を一つの箱に固定する分類としては使いません。

提案モデルでは、こうした人事施策が、責任あるリーダーシップなどの組織側の支えと、会社への愛着などの個人側の支えを生み、それらを通じてCSRへの関与が深まると考えます。ここでいう仕事を支える資源(job resources)は、予算や人員だけではなく、目標の達成や学習を支える心理的・社会的・組織的な条件も含みます。

著者らの三つの命題は、次の問いとして読めます(pp. 16–17)。

  1. 人事施策は、職場の支援や社員の態度を通じて、CSRへの関与を高めるか。
  2. その関与は、組織の成果だけでなく、社員の健康、能力、人との関係、仕事の意義などを含む広い充実や、家庭での行動にもつながるか。
  3. 働き方の柔軟性や環境に配慮した福利厚生は、社会・環境に直接よい結果をもたらすか。

これらはレビューから組み立てた今後の検証課題であり、モデル全体の効果を実証した結果ではありません。 CSRへの関与と、仕事に活力や熱意を感じる状態(work engagement)も、同じものとして扱わないことが必要です。

実務への応用:研修の次に、何を変えるか

以下は、本記事独自の応用例です。原著が検証した導入手順や診断尺度ではありません。

例えば、再生材の利用を増やす方針について研修を実施したとします。社員が方針を説明できることを確認したら、次は「その方針で仕事を進められるか」を見ます。材料を比較する知識があるか、代替案を検討する時間や他部門の協力を得られるか、価格や納期以外の条件を提案・評価に反映できるか、という問いです。

このとき、参加率や理解度だけを指標にすると、仕事の仕組みが変わったかを捉えきれません。本人の理解、実際の提案、部門間の調整、採用された案、環境面の結果を、同じ「浸透度」の一言にまとめない方が、どこで進まなくなったかを検討できます。

同時に、社員を取り組みの実行手段としてだけ扱わないことも大切です。新しい仕事を加えた結果、負担が増えたり、公平さへの疑問が生じたりしていないか。社員への責任も含めて考えることが、原著の人材マネジメントの捉え方に沿います。

研究を使って企画書を書く場合も、「CSRは成果を高める」とだけ引用するより、期待する変化、その変化を生むと考える過程、必要とされる条件、自社で確かめることを示すと、論文が具体的な検討材料になります。

このサイトで論文を解説する意味

著者らは、専門用語の違い、施策の具体像の不足、条件の説明が抜け落ちることを、知見が届かない理由として挙げています。実務向けの用語解説、短い研究紹介、測定項目の開示、詳しい事例の記述などを提案します(pp. 17–18)。

ただし、これらの方法の効果を、この論文が比較検証したわけではありません。知識を伝えるための著者らの提言です。

本サイトの編集への応用としては、「会社との一体感(organizational identification)」のように意味の伝わる日本語と英語を併記し、会社への愛着や満足とは何が違うかを説明することが考えられます。言葉をやさしくするときも、研究が区別した成果や条件を残します。

また、実務家が知りたい問いに研究が答えていない場合には、「まだ分からない」と示す必要があります。分かりやすい紹介を作ることと、研究の不足を強い結論で埋めることは別です。

どこまで言えて、何が残るか

この論文が直接比較したのは、学術論文と実務家向け記事の内容です。実務家本人の知識や、企業で実際に使われている制度を調査したものではありません。 記事に書かれていない知識を、実務家が別の経路から得ている可能性は残ります(p. 18)。

また、英語文献に限定しており、とりわけ実務側は英語圏の状況に偏ります。日本の人事実務にも同じズレがあるかは、別に確かめる必要があります。幅広い検索語を用いたため、個別施策や他分野の研究が十分に拾われていない可能性もあります。

したがって、学術研究に見当たらなかった論点を「効果がない」と断定したり、両者が一致した期待を「どの会社でも同じ結果になる」と読んだりすることはできません。対象期間にも注意しながら、知見がある箇所と、追加で調べたい箇所を区別するためのレビューとして読むのが適切です。

Gondらの2017年レビューで区別した動機・評価・反応は、実務に伝える際にも保ちたい区別です。また、Aguinis & Glavasの2019年論文が扱う仕事の意義について、本論文は実務の期待に対して実証研究が薄かったことを指摘します。理論が提案されていることと、その効果が十分に確認されていることは分けて読めます。

原著を読む順番

  1. pp. 2–4で対象となる人材マネジメントと二つの知識のズレを確認し、Figure 1とpp. 4–6で文献を選んだ範囲を押さえる。
  2. 採用・育成・定着ならTable 2、組織の成果ならTable 3、社員の態度・行動ならTable 4から関心のある項目を選び、対応する本文を読む。
  3. p. 14の実務への助言を比較した箇所を読む。研修・評価・職務設計のうち、何が共有され、何が抜けているかを確かめる。
  4. pp. 15–17の提案モデルと三つの命題を、今後の研究課題として読む。Figure 2は、確認済みの因果関係の全体図ではない。
  5. pp. 17–18の知識の伝え方と限界を読み、自社への適用で追加の確認が必要な点を残す。

読み終えたら、三つの問い

  1. 自社が期待しているCSRの効果について、研究で確認されていることと、実務上の期待を分けて説明できますか。
  2. 社員に方針を伝える施策と、その方針で仕事ができるようにする制度は、どのようにつながっていますか。
  3. 今、知りたいのに研究が十分でない問いと、すでにある研究を読み直せば手がかりを得られる問いは、それぞれ何でしょうか。

北田の視点

「研修の次」に、人材の仕組みをどう整えるか

書籍の第5章では必要な知識や理解を、第7章では行動できる環境を扱っています。このレビューと照らすと、研修を受けた社員が、学んだことを試す時間や役割を持てるかまで考えたくなります。能力・動機・機会(ability, motivation, opportunity:AMO)の枠組みは、知識を増やす施策と、仕事の中で使える条件を並べて点検する手がかりになります。

同時に、社員をCSRの実行役として期待するだけでなく、その社員に会社がどんな責任を果たしているかも問い直したい。新たな取り組みを任せるなら、業務量や評価、支援はどうなっているか。論文が提案する仕組みを効果の保証とせず、人事部門と具体的に話し合う問いとして使います。

書籍とのつながり

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

  • 第5章「サステナビリティ・リテラシー」
  • 第7章「行動できる環境づくり」

対象論文

An integrative literature review of the CSR-HRM nexus: Learning from research-practice gaps

Podgorodnichenko, N., Edgar, F., & Akmal, A. (2022). Human Resource Management Review, 32(3), 100839.

2021年5月18日オンライン公開、2022年巻号掲載。

原著の掲載ページを開く ↗

本文に基づく解説のデモ稿 · 2026年9月7日
ページ番号は原論文の印刷頁。応用例・読後の問いは本記事の考察です。

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