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対象論文

Making Sustainability Tensions Salient: Changing Information or People?

Manzhynski et al.(2025)読了 約10分

矛盾に気づくには、情報を増やすべきか

状況・伝える情報・受け手の理解をつなげて考える

理論・概念の整理(conceptual paper)

矛盾への気づき(tension saliency)状況・情報・認知(SIC model)情報の整理と集約(aggregation)
この記事の目次
  1. この論文で考えたいこと
  2. 矛盾があることと、それに気づいていること
  3. 状況・情報・理解する力を分けて考える
  4. SICルール:情報には下限と上限がある
  5. 増やす、減らす、理解を育てる:どれを選ぶか
  6. 総合点にすると、何が見えなくなるか
  7. 社内浸透への応用:資料を見せる前に、何を見えるようにしたいか
  8. どこまで言えて、何が残るか
  9. 原著を読む順番
  10. 読み終えたら、三つの問い
  11. 北田の視点
  12. 対象論文・出典

まず押さえたいこと

  • 矛盾があること、本人がそれに気づくこと、その後に対応できることを区別する。
  • 状況を十分に表す情報があり、受け手がそれを理解できる必要がある。情報が不足しても、処理しきれなくても、矛盾は見えにくい。
  • 情報を補う・整理する・理解する力を育てるという対応を、条件に応じて使い分ける理論モデル。最適な指標数や施策の効果は検証していない。
状況を十分に表しているか対立する要求の、それぞれを示す情報がある状況と情報の関係
受け手が理解できるか情報を区別し、関係づけて考えられる情報と認知の関係
足りなければ情報を補う。必要な内容を残せるなら整理する。理解が追いつかなければ、理解する力を育てる。状況に応じて組み合わせる。
原著pp.2705–2710のSICモデルに基づく編集上の整理。矛盾への気づきの条件を示す理論であり、その後の行動や成果を保証するものではありません。

この論文で考えたいこと

サステナビリティの指標を会議資料に追加した。それでも、価格や納期の話だけで判断が進んでしまう。資料をもっと詳しくするべきでしょうか。それとも、要点を絞って伝えるべきでしょうか。

Manzhynskiらは、どちらも必要になりうると論じます。判断する状況を十分に表せる情報があることと、その情報を受け手が理解できること。この二つを同時に満たす必要があるからです。

論文の問いは、「サステナビリティをめぐる矛盾や両立の難しさに、いつ、どのように気づけるか」です。既存の理論をもとに枠組みを提案する理論論文(conceptual paper)で、説明資料の変更や研修の効果を実験で比較したものではありません。Business Strategy and the Environmentの2025年の巻号に掲載されています。

矛盾があることと、それに気づいていること

安く提供したい、環境への負荷を減らしたい、働く人の条件も改善したい。それぞれ望ましい目標でも、同じ選択で満たそうとすると難しさが生じます。原著は、こうしたサステナビリティに関わる要求の間の対立や両立の難しさ(sustainability tensions)を扱います。

目標どうしが単に無関係なのではなく、互いに結びつきながら対立することに着目しています。すべての課題で必ず対立が起きる、と主張しているわけではありません。

著者らは、矛盾が本人には認識されていない状態(latent tensions)と、本人が矛盾に気づき、自分が直面する問題として受け止めている状態(salient tensions)を区別します。以下では、後者への移行を「矛盾に気づくこと」と表現します(pp. 2702–2703)。

ここでいう「気づく」は、報告書に環境の項目があると知ることより踏み込んだ意味です。何と何が対立し、同時にどう関係しているかを認識することです。ただし、気づけば解決できるわけではありません。著者らは、認識を、適切な対応のために必要だが、それだけでは足りない条件として位置づけています。

状況・情報・理解する力を分けて考える

論文の中心は、状況・情報・認知をつなぐモデル(Situation–Information–Cognition model:SICモデル)です。認知(cognition)は、情報を理解し、考え、関係づける働きを指します。社員のやる気や、知能の優劣を意味する言葉としては使いません。

三つの要素この論文で注目すること
状況(situation)判断の場にどのような要求や目標があり、どう関わり合っているか
情報(information)状況のどの側面が、どの程度詳しく、どのような関係が分かる形で提示されているか
認知(cognition)受け手が、その情報を区別し、理解し、互いに関連づけられるか

原著は、個々の事実を表すデータ(data)と、判断する文脈に合わせて整理された情報を区別します。データを分類・選択・集約して情報にし、それを経験や知識と結びつけて理解する、という説明です(pp. 2705–2706)。

例えば、本記事の応用例として調達判断を考えると、価格と排出量の数値を大量に並べることと、「どの選択が費用を増やし、どの範囲の排出量を減らすのか」が比較できるようにすることは違います。情報は、データを増やせば自動的によくなるものではありません。

また、原著がいう複雑さ(complexity)は文字数だけではありません。考慮する側面の数と、それらのつながりも含みます。資料を短くしても複雑な判断は残りえますし、表を増やしても重要な側面が欠けていることはありえます。

SICルール:情報には下限と上限がある

著者らが提案するSICルールは、矛盾のそれぞれの側を表す独立した情報が少なくとも一つずつあり、その情報を受け手が処理できることを求めます(p. 2706)。

原著の文章による条件を、本記事で短く書き表すと次のようになります。

対立する要求を表すのに必要な要素数 ≤ 独立した情報の要素数 ≤ 受け手が理解・処理できる要素数

左側は、情報を減らしてよい限界です。価格と環境負荷の両方を考える必要があるのに、価格しか示されていなければ、環境との対立に気づく材料がありません。右側は、情報を増やしてよい限界です。必要な側面が含まれていても、受け手が処理しきれなければ関係を捉えられません。

これは「KPIは何個まで」という実証済みの計算法ではありません。何を独立した要素と数えるか、受け手がどの程度理解できるかを現場で測定する手順までは示していません。項目数だけを合わせるのでなく、対立の両側が見え、両側の関係を理解できる情報になっているかを問う条件として読む必要があります。

増やす、減らす、理解を育てる:どれを選ぶか

原著は、状況・情報・認知をそれぞれ単純/複雑に分け、八つの組み合わせを考えます。そのうち矛盾が見えないと想定する四つの場合に、どの対応が必要かを示しています。ここでの番号は原著Figure 4のケース番号です(pp. 2707–2710)。

何が妨げになっているかモデルで想定する対応
状況は比較的単純だが、情報が複雑すぎて受け手が処理できない(ケース5)不要な情報を整理・削減するか、複雑な情報を理解できるよう支援する
状況自体が複雑で、それを表す情報はあるが、受け手が処理できない(ケース6)理解・関連づける力を育てる。必要な側面を失うほどの情報削減では対応できない
状況は複雑で、受け手には理解する力があるが、情報が足りない(ケース7)欠けた側面や関係を補い、情報を詳しくする
状況は複雑で、情報も、受け手が理解する力も不足する(ケース8)情報を補うことと、理解する力を育てることの両方が必要

この整理から三つの対応が導かれます。第一は、状況を理解し関連づける力を育てること(developing cognition)。第二は、欠けている側面や関係が見えるよう情報を詳しくすること(increasing information complexity)。第三は、必要な側面を残しながら情報を整理・簡略化すること(simplifying information)です。

ケース6で「理解する力を育てるしかない」とするのは、原著の単純/複雑という区分と三つの対応の範囲での説明です。現実には、情報の示し方を工夫したり、専門家と共同で検討したりする方法も考えられます。それらの具体的な効果を、この論文が比較したわけではありません。

研修を増やしても必要な情報がなければ気づけず、情報を足しても理解が追いつかなければ気づけない。反対に、情報を絞ることで見通しがよくなる場合もあるが、必要な対立まで消してしまえば理解は進まない、という説明です。

総合点にすると、何が見えなくなるか

指標や報告を考える読者にとって、特に興味深いのが情報の集約(aggregation)の議論です。複数の情報を共通の尺度に直してまとめれば、比較はしやすくなります。一方で、何が何に対してよいのかが見えなくなることがあります(p. 2711)。

原著は、価格と環境負荷の金額換算値を一つの総費用にまとめる例を挙げます。総費用が分かっても、価格が高く環境負荷が小さい選択と、価格が低く環境負荷が大きい選択の違いを、集約された値だけからは区別できません。

同じ考え方を、ここでは調達会議の仮の例に置き換えます。

選択肢購入価格環境負荷
A案低い大きい
B案高い小さい

この表が示す対立を考えたいなら、両方の列を見られることに意味があります。総合点を使う場合でも、その内訳に戻れるようにしておく、という資料設計が考えられます。これは本記事の応用上の提案です。

原著は集約を全面的に否定していません。判断したいことに応じて有用な集約と、必要な情報を失わせる集約があると論じています。同じ指標がどの意思決定にも十分だと考えず、「今回、何の違いを識別したいか」から情報の粒度を考えるのが読みどころです。

社内浸透への応用:資料を見せる前に、何を見えるようにしたいか

以下は本記事独自の応用です。原著が検証した研修手順や、完成した診断尺度ではありません。

会議資料や社内説明を見直すなら、まず「分かりやすくする」という依頼を、次の問いに分けてみます。

  1. 今回の判断では、どの目標や要求の関係を考える必要があるか。
  2. 資料には、そのそれぞれを表す情報があるか。総合点や平均値の中に隠れていないか。
  3. 受け手は、その違いと関係を自分の言葉で説明できるか。
  4. 情報を削る、情報を補う、理解を支えるという対応のうち、どれが必要か。複数を組み合わせる必要はあるか。

例えば、資料を短くした後には、説明のしやすさだけでなく、重要な不利益や両立の難しさが残っているかも確認します。逆に、詳しくした後には、受け手が判断に使えるようになったかを確かめます。

この視点は、ウェブサイトで論文を解説することにも当てはまります。専門用語を言い換える際にも、原著が分けている条件まで一つにまとめてしまわない。情報を読みやすく整理することと、論点を失うことを区別する必要があります。

どこまで言えて、何が残るか

原著の食品製造などの例は、モデルの使い方を説明するための例示です。紹介された企業や施策の効果を、この研究自体が測定したわけではありません。提案された三つの対応の有効性は、今後の実証課題です(p. 2713)。

モデルには、次の限界があります。

  • 状況・情報・認知を単純/複雑、矛盾の認識を有/無に分けているが、現実には程度の違いがある。
  • 意識的で合理的な情報処理を中心に考えており、直感などの働きを十分に扱っていない。
  • 曖昧さが、異なる立場の人の協働を可能にする場合の価値を、十分に組み込んでいない。
  • 状況そのものを変える対応は今後の課題であり、主に情報と認知を変える方法を扱っている。
  • 矛盾に気づいた後、どのような行動を選び、どのような社会・環境面の成果につながるかは、別の検討が必要である。

Hahnらの論文は、CSRへの異論や葛藤を経験した社員が、どう関わるかを考えます。本論文は、その手前にある「そもそも対立や両立の難しさが見えているか」を考える手がかりになります。ただし、Hahnらの社員と会社のCSRの食い違いと、本論文の複数の要求の間の対立は、同じ概念ではありません。二つを連続した因果モデルとして検証したわけでもありません。

Aguinis & Glavasの2019年論文とも、情報や経験をどう解釈するかという点で接続できます。その際にも、矛盾に気づくこと、仕事に意義を感じること、実際に行動することは、別々に確かめたい現象です。

原著を読む順番

  1. pp. 2702–2703で、認識されていない矛盾と、本人に認識された矛盾の区別を読む。認識と解決を分ける点を確認する。
  2. pp. 2705–2706でデータ・情報・認知の関係を読み、p. 2706のSICルールを押さえる。
  3. p. 2708のFigure 4を、左の「状況を表す情報が足りるか」と右の「情報を受け手が処理できるか」に分けて読む。ケース5〜8を本文と照合する。
  4. pp. 2709–2710の三つの対応と、p. 2711の集約の議論を読み、情報を減らしてよい条件を確かめる。
  5. pp. 2712–2713の実務への示唆と限界を読み、自分が改善したいのは認識、行動、成果のどれなのかを明確にする。

読み終えたら、三つの問い

  1. 自社の資料は、判断すべき対立の両側を表していますか。それとも一方が欠けていますか。
  2. 「難しくて分からない」という反応は、情報が多すぎるためでしょうか。関係の説明や、必要な情報が足りないためでしょうか。
  3. 説明を分かりやすくした結果、何が見えるようになり、何が見えなくなったでしょうか。

北田の視点

モヤモヤが増えたら、浸透は後退したのか

書籍の第7章で扱う環境モヤモヤ会議では、調達コストと環境配慮のような、仕事の中の両立しにくさが話題になります。この論文の、矛盾が本人にとって見えるようになること(tension saliency)という視点から考えると、モヤモヤが増えることは、これまで見えていなかった問題に気づいた結果かもしれません。

そのため、不満や葛藤の少なさだけを浸透の成果にしてよいかは考えたいところです。何と何が衝突しているのかを具体的に語れるようになったか。その先で誰に相談し、どの判断につなげるか。後者はこの理論が直接説明する範囲を越えますが、書籍と合わせて次に確かめたい問いです。

書籍とのつながり

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

  • 第7章「行動できる環境づくり」— 環境モヤモヤ会議

対象論文

Making Sustainability Tensions Salient: Changing Information or People?

Manzhynski, S., Figge, F., & Thorpe, A. S. (2025). Business Strategy and the Environment, 34(2), 2702–2717.

2024年12月30日オンライン先行公開、2025年巻号掲載。

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本文に基づく解説のデモ稿 · 2026年9月7日
ページ番号は原論文の印刷頁。応用例・読後の問いは本記事の考察です。

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