まず押さえたいこと
- 環境KPIは、戦略から一方向に作られるだけでなく、関係者からの直接の要望や共同の検討からも生まれる。
- 指標を、目標との比較に使う場合と、戦略や行動を問い直す議論に使う場合を区別する。
- 本社側の6件のインタビューと文書が中心。関係者全員の見方や、社会・環境成果への因果効果を測った研究ではない。
この論文で考えたいこと
環境方針からKPIを作るとき、誰の要望が、どのように数字へ反映されているのでしょうか。経営者の判断だけでしょうか。投資家の質問、地域社会の懸念、社員の提案、業界の比較方法も関わっているのでしょうか。
Rodrigue、Magnan、Boulianneは、資源関連の多国籍企業で、社内の環境指標を選ぶ過程を調べました。焦点は、対外報告に何を載せるかだけでなく、外部・内部の関係者の要求が、環境戦略と日常的な測定へどう入るかにあります。
マテリアリティを決めてKPIに落とすという説明では、その間のやり取りが省かれがちです。この論文は、関係者が影響する場所も、その経路も一つではないことを示します。
この論文の「環境指標」は、何を指すか
原著が扱う社内の環境面の業績指標(internal environmental performance indicators:internal EPI)は、企業自身が環境への影響や取り組みを把握し、管理に使う指標です。温室効果ガス、水、生物多様性など、さまざまな論点に関わります。
社外に公表される指標と一部は重なりますが、同一とは限りません。社内では、細かなデータを集め、改善の必要な場所を探すためにも指標を使います。本記事ではKPIとの関係を考えますが、原著のEPIすべてが、最上位の少数のKPIに限定されているわけではありません。
研究対象企業は、環境面で業界をリードし、社外からも認められることを目指していました。この姿勢が、法令対応を超える指標の採用や、関係者の声を取り入れる理由につながっていると著者らは考えます。
目標の達成を確かめる使い方と、戦略を考え直す使い方
理論上の手がかりは、Simonsによる管理の働きの整理(levers of control)です。原著では、指標の二つの使い方と、価値観を伝える仕組みが重要になります。
| 管理の働き | この論文での意味 | 環境戦略との関係 |
|---|---|---|
| 目標との差を確かめる使い方(diagnostic use) | 決めた目標と実績を比べ、ずれへの対応を考える | 計画した戦略が実行されているかを確認する |
| 対話を通じて見直す使い方(interactive use) | 新しい課題や不確実性について議論し、目標・指標・行動計画を問い直す | 戦略の前提や、次に取り組むことを見直す |
| 大切にする価値観を伝える仕組み(beliefs system) | 使命や基本方針を通じ、何を重視する企業かを示す | どの関係者の要求を受け止めるか、その理由にも関わる |
会議を開けば、すべて「対話を通じた見直し」になるわけではありません。原著の区別では、すでに決めた目標の達成確認にとどまるか、指標や戦略の前提にも議論が及ぶかが重要です。同じ指標が、両方に使われることもあります。
どのような資料に基づく研究か
対象は、世界各地で事業を営む大規模な資源関連企業です。環境への影響が大きく、積極的な環境戦略を持つ企業として選ばれました。幅広い関係者との接点が見える、情報の豊富な事例を調べる設計です。
中心資料は、本社の環境・サステナビリティ・会計などを担当する6人へのインタビューです。2006年に環境指標の選定・監視を担う3人、2009年に別の立場の3人へ実施しています。環境戦略のマニュアル、指標のガイドライン、社内説明資料、年次・サステナビリティ報告書も照合しました。
重要な限定は、関係者の影響を、主として企業側の管理者がどう認識しているかから捉えた研究だという点です。投資家、地域住民、現場社員にそれぞれ直接聞いて、双方の認識を比較したものではありません。また、二つの時期に調査していても、全期間の会議や意思決定を連続して観察した研究ではありません。
関係者の影響は、四つの経路で入っていた
著者らは、管理者が認識していた影響を、次の四つに整理しています。
| 影響の経路 | 研究対象で主に対応する関係者 | どこへ影響するか |
|---|---|---|
| 戦略を介して影響する(mediated influence) | 顧客・債権者 | 管理体制などへの要求が環境戦略へ入り、その戦略に必要な指標が選ばれる |
| 戦略と指標の両方へ影響する(direct and indirect influence) | 投資家・投資家の代理となる評価主体 | 取り組む課題に加えて、報告してほしい具体的な測定内容も求める |
| 一緒に改善を進める(joint effort) | 行政・地域社会・社員 | 戦略や指標をめぐり、企業と関係者が双方向に関わる |
| 業界で比較し、見直す(environmental benchmarking) | 同業他社・業界団体 | 共通の測定と他社比較が、戦略・指標・業績評価へ影響する |
これは、この企業で見いだされた対応です。「顧客は間接的にしか影響しない」「地域社会とは必ず協働できる」という一般的な分類ではありません。別の企業では、顧客が具体的な指標を要求することも十分に考えられます。
管理体制を求めることと、測る項目を求めること
研究対象では、顧客や債権者から、環境管理の仕組みや認証などが求められていました。こうした要求は、環境戦略を介して、必要な社内測定へつながります。
一方、投資家や評価主体の要求は、具体的な指標の採用にも結びついていました。たとえば、生物多様性に関する測定を取り入れる理由として、外部の評価主体からの要求が挙げられています。企業側は、外部で使われる計算の仕方を社内でも用いることがありました。
この違いを見ると、「関係者の期待を反映した」という一文の中に、管理体制を整える要求と、特定の数字を作る要求が混在していることが分かります。
社員は、測定される側だけではない
行政や地域社会に加え、社員も、環境戦略や指標を作る側として登場します。原著では、工場の重要な担当者が戦略計画を確認するワークショップに参加したこと、社員が廃棄物管理などの新たな測定を提案し、工場の管理者へ働きかけたことが語られています。
ここにあるのは、方針を社員へ伝えるだけの社内浸透ではありません。社員の知識や提案が、何を測るかへ戻る可能性です。ただし、これは企業側の説明に基づく知見であり、社員全般が十分な発言権を持っていたと確認したものではありません。
他社比較は、指標を使うだけでなく、指標を作る
業界団体を通じて測定方法をそろえ、企業が提供したデータから集計結果を受け取り、自社の位置を知る。研究対象では、この仕組みが改善への刺激になっていました。
比較は、完成した指標で順位をつける最後の工程だけではありません。業界で何を重要と見なし、どの定義で測るかを決める段階にも関わります。したがって、自社のKPIを理解するには、採用したベンチマークの来歴まで見る必要がある、という読み方ができます。
戦略と指標は、一方向につながるだけではない
原著は、戦略から指標が選ばれる関係に加えて、測定結果が戦略へ戻る関係を描きます。たとえば、結果に問題が見つかれば、製造工程、技術、原材料などを見直す。その変更を追うために、指標も再検討されるという関係です。
この循環を支えるものとして、環境面で優れた企業として認められたいという価値観と、関係者から事業を受け入れてもらう必要性が挙げられています。社会的に妥当な存在として認められることを、組織の正当性(organizational legitimacy)と呼びます。
正当性を求めることは、ただちに「見せかけ」を意味しません。外部の懸念が社内の管理へ入る動機になりえます。同時に、誰から認められたいかによって、測定の範囲が方向づけられる可能性もあります。
整合していることと、十分な変化は別
この論文の重要な点は、戦略と指標の整合性を示して終わらないことです。著者らは、研究対象企業の環境戦略と指標には全体として整合性がある一方、経済成長と環境配慮を両立させるという既存の考え方そのものは、十分に問い直されていないと論じています。
温室効果ガスへの関心に比べ、生物多様性などの扱いが相対的に弱い点や、比率の分母によって環境面の変化が見えにくくなる点にも注意を向けています。
ここでの、より広い持続可能性への評価には、著者らの理論的・規範的な立場が含まれます。事例で実測した環境改善の効果量ではありません。それでも、社内で戦略とKPIがきれいにつながっていても、戦略自体の範囲が十分かという問いは残るという指摘は、実務上も重要です。
自社で使うなら、一つのKPIの来歴をたどる
以下は本記事の応用です。マテリアリティとKPIの対応表に、もう一列、採用に至った要求や議論を書き加えると、何が見えるでしょうか。
- 最初にその問題を提起したのは、誰だったか。
- 戦略を変える要求だったか、測定・報告を求める要求だったか。
- どの部門が受け止め、指標の定義や目標を決めたか。
- 結果や異論が、指標・戦略の見直しへ戻る機会はあるか。
原著の四経路を、そのまま自社の関係者へ当てはめる必要はありません。一つの数字ができるまでと、使われた後をたどるための問いとして使います。Puroila & Mäkeläは、そこに表れなかった関係者や意見へ目を向ける助けになります。
この研究から、どこまで言えるか
環境戦略に積極的な一社を選んだ研究なので、一般的な企業の平均像を示しているわけではありません。管理者が影響を認めなかった相手に、実際には影響力がなかったとも限りません。著者ら自身、環境NGOやサプライヤーが指標選択への重要な影響主体として語られなかった理由を、今後の研究課題に挙げています。
社内KPIへの接続を考えるうえでは、どの経路が存在するかだけでなく、誰の声が管理者に届き、誰の声が見えていないかを合わせて読む必要があります。
原著を読む順番
- 第2・3節で、社内環境指標と、診断的・対話的な使い方の意味を押さえる。
- 第4節で、本社の6人への聞き取りと社内資料という根拠の範囲を確認する。
- 第5.2節の四経路を、図だけでなく、各関係者についての発言と対応させて読む。
- 第5.3節とFigure 6で、環境への影響、正当性、価値観の共有がどう説明に入るかを見る。
- 第5.4節と結論で、社内の整合性と、より広い持続可能性への変化を分けて読む。
読み終えたら、三つの問い
- 自社の主要KPIには、誰からのどの要求が反映されていますか。
- 社員や関係者は、達成状況だけでなく、何を測るかにも関われていますか。
- 戦略と指標の両方から抜けている重要な論点はないでしょうか。
対象論文
Stakeholders’ influence on environmental strategy and performance indicators: A managerial perspective
Rodrigue, M., Magnan, M., & Boulianne, E. (2013). Management Accounting Research, 24(4), 301–316.
原著の掲載ページを開く ↗本文に基づく解説のデモ稿 · 2026年9月7日
応用例・読後の問いは本記事の考察です。