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マテリアリティは、なぜ対話を生み、対立も生むのか

共通の言葉に込められた、異なる目的を読む

歴史的な質的研究(historical qualitative study)

重要性(materiality)立場をつなぐ概念や道具(boundary objects)境界をめぐる働きかけ(boundary work)
この記事の目次
  1. この論文で考えたいこと
  2. 重要性を判定する言葉が、対話の場をつくる
  3. 二つの理論用語を、実務の言葉で読む
  4. 約25年間を、どのように調べたか
  5. 共通の言葉は、四つの異なる役割を担った
  6. 情報、目指す姿、関係づくりを分ける
  7. どちらの重要性だけでも、取りこぼしがある
  8. 社内のマテリアリティ会議に引き寄せると
  9. この研究から、どこまで言えるか
  10. 原著を読む順番
  11. 読み終えたら、三つの問い
  12. 北田の視点
  13. 対象論文・出典

まず押さえたいこと

  • マテリアリティは、重要情報の選別だけでなく、目指す姿や関係者どうしの関係にも働きかける。
  • 共通の概念があっても、協力が生まれるとは限らない。同じ言葉が、立場の違いを強めることもある。
  • 約25年の対象は報告制度の形成過程。社内KPIの効果や、個別企業の25年間の変化を検証した研究ではない。
情報を選ぶ何を報告し、判断に使うかinformational role
目指す姿を示す報告を通じて何を実現したいかvisionary role
関係をつくる誰と、どう対話し協力するかrelational role
同じ概念を使っていても、目的の共有や協力の成立は、それぞれ確かめる必要がある。
原著の役割の区別に基づく本記事の整理。三段階の手順や、企業内の因果モデルではありません。

この論文で考えたいこと

サステナビリティ会議で「マテリアリティを重視する」と全員が賛成していても、考えていることが同じとは限りません。財務への影響を知りたい人も、企業が社会・環境に与える影響を問いたい人もいます。重要な情報を絞りたい人と、これまで見えていなかった問題を議題に載せたい人では、期待する働きも違います。

Wangらが問うのは、マテリアリティという共通の言葉が、異なる立場の人々をどう結びつけ、なぜ時には対立を深めるのかです。サステナビリティ報告の約25年間をたどり、基準づくりに関わる人々の関係と、その言葉の役割が変わってきた過程を分析しています。

この論文を読むと、マテリアリティは「重要な項目を選ぶ技法」だけでは捉えきれないと分かります。何を目指す報告なのか、誰と話し合うのかという、目的と関係づくりにも関わる概念です。

重要性を判定する言葉が、対話の場をつくる

マテリアリティ(materiality)は、何を重要とみなし、報告や判断の対象にするかを考える概念です。ただし、その「重要」は、目的や情報の利用者によって変わります。

本論文で対比されるのが、企業の財務面への影響に注目する重要性(financial materiality)と、企業が人や環境に与える影響に注目する重要性(impact materiality)です。両方から考えるのが、二つの重要性を捉える考え方(double materiality)です。二つは関係しますが、同じ問いではありません。

たとえば、地域の生態系への大きな影響が、短期の財務数値にすぐ表れるとは限りません。逆に、企業にとって大きな財務リスクがあることだけで、社会・環境への影響の全体を説明できるわけでもありません。これは本記事による説明例ですが、原著の議論を読むうえで大切な区別です。

異なる人が、それぞれの関心を持ったまま同じ概念を使える。その性質が、対話を始める助けにも、分かったつもりになる原因にもなります。

二つの理論用語を、実務の言葉で読む

著者らは、共通に参照される概念や道具と、それをめぐる人々の働きかけを分けて考えます。

原著の概念本記事での読み方マテリアリティで見るもの
境界を越えて参照されるもの(boundary object)異なる立場の人が、それぞれの目的を持ちながら共通に使う概念や道具同じ「重要性」という言葉、評価の考え方、報告上の枠組み
境界をめぐる働きかけ(boundary work)立場や役割の違いを定め、つなぎ、時には守ろうとする行為定義の交渉、他の組織との協力、自分たちの基準の優位性を主張すること

表は理論を読むための整理です。「共通の道具があれば合意できる」という意味ではありません。その道具を使って、人々が何をしようとするかまで見なければ、協力と対立のどちらに向かうかは分からないのです。

また、境界を越えること自体が、常によいとも限りません。目的の違いを曖昧にしたまま一つにまとめると、誰の問題を扱う報告なのかが見えにくくなります。

約25年間を、どのように調べたか

対象は、サステナビリティ報告の基準や制度が形成されてきた領域です。一つの企業の社内浸透を25年間追跡した研究ではありません。

著者らは、2016年から2024年に行った91件のインタビューと、基準・政策に関する資料などを用いて、1990年代末以降の歴史を再構成しました。インタビューには、基準設定、規制、企業の実務、投資などに関わる人々が含まれます。初期については後年から振り返る証言も使い、後半には進行中の変化を捉えた資料も組み合わせています。

分析では、意味や関係の変化を四つの時期に分けています。これは、企業が順番に通過すべき成熟度の段階ではありません。報告をめぐる歴史の中で、マテリアリティが果たした役割の変化を説明する区分です。

共通の言葉は、四つの異なる役割を担った

さまざまな将来像を受け入れる

初期には、マテリアリティという概念が、異なる期待を受け入れる広い器として働きました。情報の過多を整理したい、経営に役立てたい、ステークホルダーへの責任を果たしたい。複数の将来像が、一つの言葉の下に置かれます。

ただし、この時点で、関係者が同じ仕事を協力して進めていたとは限りません。同じ言葉にそれぞれの可能性を見いだしていたことと、共同の実践が成立していたことは区別されます。

異なる立場が出会う場所になる

次に、マテリアリティは、関係者が互いの考えを説明し合う接点として働きます。定義を明らかにしようとするやり取りの中で、何を重視しているか、どこが違うかが見えてきます。

ここでの対話は、違いを消すことだけを目的にしていません。言葉の使い方を確かめることが、相手との関係をつくり、報告の方向を議論する足場にもなっていました。

違いを認めながら、共通の言葉や橋として働く

財務面への重要性と、社会・環境への影響という考え方の違いが明確になっても、協力の余地はありました。ダブル・マテリアリティや、重要性が時間とともに変わるという議論が、異なる立場の関係を説明するために使われます。

また、基準設定組織だけでなく、その外側にいる政策・市場の関係者が、組織間の協力を促す役割を担いました。共通の言葉が橋になるには、それを使って協力の場を整える働きかけも必要だったのです。

立場の違いを際立たせるものになる

その後、マテリアリティは、立場の境界を強める役割も担うようになります。どの考え方が正当で、望ましい報告につながるかという主張が強まり、相手の立場への批判も増えます。

共通の概念が使われなくなったわけではありません。同じ概念を使いながら、協力よりも差異や優位性の主張が前面に出るようになったのです。共通語の存在と、協働の成立は同じではないという、本論文の重要な発見です。

情報、目指す姿、関係づくりを分ける

原著の議論を実務へ持ち帰るには、マテリアリティに期待する働きを三つに分けると理解しやすくなります。

働き確かめたいこと行き違いの例
情報を選ぶ(informational role)何を報告し、どの判断に使うのか項目を絞ることだけが目的になる
目指す姿を示す(visionary role)報告や企業活動を通じて、何を実現したいのか財務上の有用性と、社会・環境への責任が同じ目的として扱われる
関係をつくる(relational role)誰と対話し、どのように協力するのか同じ用語を使うだけで、認識が一致したと考える

三つの役割は原著の区別に基づき、問いと例は本記事で補っています。資料が分かりやすくなったこと、目的が共有されたこと、協力関係ができたことは、それぞれ別に確かめる必要があります。

どちらの重要性だけでも、取りこぼしがある

著者らは、財務面への重要性を十分に測定・開示できても、それだけで社会・環境面の目的が達成されるわけではないと論じます。企業価値への影響が小さい問題にも、大きな社会・環境影響がありうるためです。

同時に、影響を重視する立場も、資金や資源を提供する関係者とのつながりを欠けば、望ましい変化を実現する力が弱くなりうると指摘しています。両者の目的を同一視せず、どう協力できるかを考える必要があります。

原著には、より広い立場から調整する機関の役割や、具体的な基準づくりで協力を進める提案もあります。ただし、それらは分析を踏まえた提案であり、導入効果がこの研究で検証された制度ではありません。

社内のマテリアリティ会議に引き寄せると

以下は、制度形成を扱った研究からの、本記事の応用です。経理、事業、サステナビリティの担当者が同じ表を見るとき、まず「この評価で、何を決めたいのか」をそれぞれ説明してみます。

次に、目的が違う部分を残したまま、共有できる情報や作業を探します。財務上の見通しと地域への影響は、同じ数値にできなくても、同じ設備投資の検討に持ち寄れます。一枚の順位表に収めることと、共同で判断できることを分けて考えるわけです。

Puroila & Mäkeläは、重要性を表にまとめる過程で見えにくくなる違いを扱います。Kapplmüllerらは、評価を社内の変化へつなぐ過程を扱います。本論文は、その前提となる「同じ言葉を使う人々の目的と関係」を考える位置にあります。

この研究から、どこまで言えるか

基準づくりをめぐる歴史を、関係者の証言と資料から解釈した研究です。各時期の整理には研究者の理論的な解釈が含まれ、初期の出来事には回顧的な証言の限界もあります。

社内のKPI、従業員の行動、環境成果への効果を直接検証してはいません。また、論文が扱った制度形成の経緯は、現在の法令への対応手順そのものではありません。実務では、報告制度の確認と、関係者の認識や協力の状態を考えることを分けて使います。

原著を読む順番

  1. 冒頭で、マテリアリティの「情報を選ぶ」以外の役割が、なぜ問われるのかを読む。
  2. 理論部分で、boundary objectとboundary workを区別する。概念の性質だけでなく、人々の行為を読む準備をする。
  3. 研究方法とTable 1で、歴史の対象期間と、インタビューを実施した期間を分けて確認する。
  4. 四つの時期の記述を読み、共通の概念がある中で、関係者の働きかけがどう変化したかを追う。
  5. 考察と結論で、情報・将来像・関係という役割の区別と、今後への提案を読み分ける。

読み終えたら、三つの問い

  1. 社内で「重要」と言うとき、誰への、どのような影響を考えていますか。
  2. マテリアリティ評価に期待しているのは、情報の選別、目的の共有、関係づくりのどれでしょうか。
  3. 意見の違いを明らかにしたうえで、共同で進められる具体的な判断や作業は何でしょうか。

北田の視点

「同じ言葉を使う」を、理解の共有とみなさない

書籍の第1章の経営との統合、第3章の解像度を高めるという問いに、この論文を重ねてみます。財務部門とサステナビリティ部門が同じマテリアリティ表を見ても、何を決めるための情報かが違えば、議論はすれ違います。会議の前に、それぞれが変えたい判断を一つ挙げてみたい。

違いを残したまま、同じ設備投資や調達案件を一緒に考えられるか。共通の用語を覚えたかだけでなく、目的の違いを説明でき、共同の仕事へ進めるかを確かめると、社内浸透の見え方も変わります。これは制度形成の研究を、社内の対話へ引き寄せた問いです。

書籍とのつながり

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

  • 第1章「経営とサステナビリティの統合」
  • 第3章「考える力の醸成と解像度の向上」

対象論文

Sustainability (Environmental, Social, and Governance) Reporting: Tracing Materiality’s Visionary and Relational Role over 25 Years through Boundary Objects and Boundary Work

Wang, D., Cooper, S. M., Chapman, C. S., & Calace, D. (2025). The Accounting Review, 100(4), 417–441.

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本文に基づく解説のデモ稿 · 2026年9月7日
応用例・読後の問いは本記事の考察です。

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