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対象論文

Enabling control and the problem of incomplete performance indicators

Jordan & Messner(2012)読了 約10分

KPIが、仕事の助けから足かせに変わるとき

指標の不完全さは、使い方によって問題になる

縦断的な質的事例研究(longitudinal qualitative case study)

仕事を助ける管理(enabling control)指標の不完全さ(incompleteness)評価の圧力(evaluative pressure)
この記事の目次
  1. この論文で考えたいこと
  2. 「不完全な指標」とは、計算間違いだけではない
  3. 仕事を助ける管理と、達成を強いる管理
  4. どのような現場を、どう追った研究か
  5. 当初は、限界を知りながら使えていた
  6. 評価の圧力が強まると、何が変わったか
  7. 計算方法を修正しても、残った問題
  8. サステナビリティのKPIに引き寄せて読む
  9. この研究から、どこまで言えるか
  10. 原著を読む順番
  11. 読み終えたら、三つの問い
  12. 北田の視点
  13. 対象論文・出典

まず押さえたいこと

  • 指標の限界が問題になるかは、定義だけでなく、目的と使われ方によって変わる。
  • 定義や測定方法の不足と、指標が重視する範囲の偏りを区別する。計算式の修正だけでは残る問題がある。
  • 一つの製造部門を28か月追った研究。厳しい目標が必ず反発を生むという一般法則ではない。
定義や測り方の不足何を数えるか、どう計算するかが業務に合っていないnarrow incompleteness
重視する範囲の偏り別の重要な目的や仕事の価値を捉えていないbroad incompleteness
数値達成の圧力が強まると、それまで柔軟な使い方で補えていた不足が、深刻な問題になりうる。
原著の区別と事例に基づく本記事の整理。二種類の不足が、同じ修正で解消されるわけではありません。

この論文で考えたいこと

KPIの定義をそろえ、目標を設定し、毎月の会議で確認する。それでも現場から「この数字だけでは仕事を評価できない」という声が出ることがあります。指標が粗いのでしょうか。それとも、数字の使い方に問題があるのでしょうか。

JordanとMessnerが追ったのは、製造業の一部門で、四つの業績指標を使って業務改善を進める過程です。興味深いのは、担当者たちが最初から指標の限界を知っていたことです。それでも当初は、数字を仕事の手がかりとして使っていました。ところが、目標達成への圧力が強まると、それまで許容していた限界が大きな問題になっていきます。

この論文は、指標の不完全さが問題になるかどうかは、指標の定義だけでなく、何のために、どのように使われるかによって変わると示します。CSRを直接扱った研究ではありませんが、サステナビリティのKPIが日常業務に入った後を考えるうえで、有力な手がかりになります。

「不完全な指標」とは、計算間違いだけではない

仕事で重要なことを、指標が十分に表せていない状態を、著者らは指標の不完全さ(incompleteness of performance indicators)として扱います。入力ミスやデータの欠損だけを指す言葉ではありません。計算が正しくても、仕事の一面しか捉えていないことがあります。

原著は、現場が感じる不完全さを、狭い意味と広い意味に分けています。

不完全さの種類何が問題になるか対応を考えるときの違い
定義や測り方の不足(narrow incompleteness)数える対象、計算方法、データの取り方が、測りたい業務を適切に表していない定義や集計方法の修正で改善できる余地がある
重視する範囲の偏り(broad incompleteness)選んだ指標が、別の重要な目的や仕事の価値を捉えていない計算式を直すだけでは足りず、指標の位置づけや優先順位も問われる

たとえば研究対象では、在庫を抱える時間に注目する指標について、在庫の金額も考慮すべきではないかと議論されました。また、生産性などの四指標に注意を集中すると、イノベーションや財務面の別の論点が見えにくくなる、という懸念も出ています。

「計算を正確にする」と「大切なことを取りこぼさない」は、同じ課題ではありません。 現場の異論をすべてデータ品質の問題に置き換えると、何を優先すべきかという問いを見落とします。

仕事を助ける管理と、達成を強いる管理

著者らが用いるのは、仕事を進める助けになる管理(enabling control)と、従うことや数値達成を強いると受け止められる管理(coercive control)の区別です。前者は「管理しないこと」、後者は「ルールがあること」ではありません。同じ正式な制度でも、仕事の理解や改善に役立つと受け止められる場合と、現場の判断を過度に縛ると受け止められる場合があります。

先行研究では、問題が起きたときに修正できること(repair)、仕組みの内側が理解できること(internal transparency)、組織全体とのつながりが分かること(global transparency)、状況に応じて使えること(flexibility)が重視されてきました。

この論文が加えるのは、導入時の設計が同じでも、運用の中で制度の意味は変わるという視点です。最初に社員を参加させ、丁寧に説明したからといって、その後も仕事を助ける制度として使われ続けるとは限りません。

どのような現場を、どう追った研究か

研究対象のLeanOrgは仮名で、金属・プラスチック加工に関わる製造企業の一部門です。オーストリアに本拠を置き、欧州に複数の工場を持っていました。新たな業務執行責任者が、リーン生産と品質改善を進めるために、納期遵守、工程の効率、品質、生産性の四指標を導入します。

研究者は、主に本拠地の工場で、2008年5月から2010年8月までの28か月間、実践を追いました。資料は、52件のインタビュー、10回の会議への参加、社内資料や年次報告書です。52件は実施回数であり、52人を一度ずつ調べたという意味ではありません。

現場の管理者や技術者が指標について何を話し、どのように改善活動を組み立てているかを、時間の経過に沿って分析しています。質問票で「KPIへの満足度」を一度測る研究とは異なり、受け止め方が変わる途中のやり取りを見られることが強みです。

当初は、限界を知りながら使えていた

導入当初、管理者たちは指標を、改善の方向を示すものとして扱っていました。計算方法に不満があっても、そこから妥当な活動が生まれるなら使える、と考えていたのです。

この柔軟さを支えていた条件として、著者らは二つを挙げます。一つは、経営側が目標を、期限内に必ず達成する数値というより、目指す姿として伝えていたことです。当初は評価される圧力が比較的小さく、目の前の指標を唯一の目的にする必要がありませんでした。

もう一つは、新しい取り組みが、それまでの改善活動や関心とつながっていたことです。担当者たちは、数字が示す範囲だけでなく、既存の知識や経験を使って仕事を進められました。指標の外側にも、判断の手がかりがあったわけです。

ここから「目標は曖昧な方がよい」と結論づけることはできません。原著が説明しているのは、この現場で柔軟な使い方が成り立っていた条件です。とくに、全く新しい課題では、既存の知識が十分な補いになるとは限りません。

評価の圧力が強まると、何が変わったか

時間がたつにつれ、経営側は指標の達成をより強く求めるようになります。原著が挙げる変化は、報告や議論の頻度が増えること、目標が具体的になること、達成までの時間が短くなること、工場間の比較が増えることです。

当初の使われ方その後の変化現場で強まった問い
目指す方向を示す具体的な数値目標として扱われる何をすれば、この数字が改善するのか
改善活動を広く考える選ばれた四指標への報告・比較が強まる数字に表れない活動は、どう扱われるのか
経験や別の情報で補う指標と行動を強く結びつける必要が生じる自分たちの仕事を、この定義で評価してよいのか

表は、事例の変化を本記事で整理したものです。評価の圧力は、報酬への連動だけで生じるわけではありません。会議で繰り返し問われることや、他工場と比較されることでも、管理者が感じる要求は変わります。

この状況では、指標の仕組みがよく見えることも、単純に受容を高めるとは限りません。計算や目的が分かるからこそ、指標の不足に気づき、疑問を持つこともあります。著者らは、透明性が持つこの両面性にも注目しています。

計算方法を修正しても、残った問題

管理者たちは、指標の定義や測り方を修正しようと働きかけました。ただし、自分たちだけで自由に変更できたわけではなく、専門担当者への働きかけが必要でした。実際にいくつかの修正は行われています。

それでも、四つの指標に注意が偏っているという懸念は残りました。細かな定義を修正しても、他の重要な目的をどう扱うかという広い意味での不完全さは解消しなかったためです。柔軟に使える余地が小さくなり、修正にも限界がある中で、制度は次第に、仕事を助けるものよりも達成を強いるものとして受け止められていきました。

一方、著者らは、優先順位を絞る経営判断そのものを否定していません。強い重点化が必要な状況もあります。問われているのは、その優先順位の理由を現場が理解し、重要な不足を指摘したときに扱えるかです。

サステナビリティのKPIに引き寄せて読む

以下は、原著の事例ではなく、本記事の応用例です。資源効率を高めるために再生材比率をKPIにしたとします。その数値を改善の入口として使うなら、品質、製品寿命、調達の安定性なども一緒に議論できます。ところが、比率だけで部門を順位づけすると、別の論点を説明する余地が狭くなる可能性があります。

そのとき、対象材料や分母を修正する問題と、そもそも比率だけで資源利用を評価してよいかという問題を分けて考える。この区別が、原著から持ち帰れる視点です。KPIを増やすことだけが解決ではなく、補足情報を出せる場、例外を説明する機会、定義や優先順位を見直す手続きを確かめます。

Wouters & Wilderomは指標を現場とともに育てる過程を扱い、本論文は導入後の使われ方の変化を扱います。Hahnらとつなぐと、社員の異論を、意欲不足として片づけず、指標と仕事の食い違いを知る手がかりとして考えられます。

この研究から、どこまで言えるか

一つの組織を深く追った研究であり、特定のKPI運用が必ず反発を生むという一般法則を検証したものではありません。CSRの浸透度や環境成果への効果も測っていません。

また、観察が終わった時点が、その組織の最終状態ではありません。著者らは、さらに追跡していれば、制度の修正や学習によって、再び仕事を助ける使い方へ変わった可能性を認めています。「一度厳しくすると戻れない」と読む必要はありません。

原著を読む順番

  1. 冒頭と「Enabling and coercive control」で、仕事を助けることと、行動の焦点を絞ることの両方が管理に求められる点を読む。
  2. 「Research setting and design」と付録で、誰の実践をどの期間追ったかを確認する。
  3. 「Incomplete indicators」の具体的な会話から、定義の問題と、指標が捉える範囲の問題を区別する。
  4. 「Discussion」の柔軟な使用と評価圧力の議論を読み、経営側の伝え方や会議の変化を事例へ戻って確かめる。
  5. 「Conclusion」で、観察終了後に別の変化が起こりうるという限界まで読む。

読み終えたら、三つの問い

  1. 自社のKPIは、仕事を改善するために使われていますか。それとも、達成の説明に議論が集中していますか。
  2. 現場の異論は、定義・測定方法への疑問でしょうか。それとも、重視する目的の偏りへの疑問でしょうか。
  3. その異論を受けて、誰が、何を、どの会議で変更できるでしょうか。

北田の視点

浸透した結果、問い直せなくなっていないか

書籍の第9章の評価・測定を考えるとき、KPIが会議や評価に定着した後の変化まで見たいと思います。全員が数字を説明できるようになっても、その数字が捉えない仕事を話せなくなっていれば、望ましい浸透とは言い切れません。

現場の異論は、数え方への疑問なのか、優先する目的への疑問なのか。そこを分けると、必要な対応も変わります。第3章で扱う解像度の向上を、制度の説明を理解する力だけでなく、制度の不足を具体的に指摘できる力としても考えたい。指標を使う力と、問い直す機会を一緒に確かめる読み方です。

書籍とのつながり

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

  • 第3章「考える力の醸成と解像度の向上」
  • 第9章「社内浸透のプロセスのデザイン」

対象論文

Enabling control and the problem of incomplete performance indicators

Jordan, S., & Messner, M. (2012). Accounting, Organizations and Society, 37(8), 544–564.

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本文に基づく解説のデモ稿 · 2026年9月7日
応用例・読後の問いは本記事の考察です。

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