まず押さえたいこと
- マテリアリティ評価を、開示の作業だけでなく、参加・責任・測定・学習が関わる組織の過程として読む。
- 財務の言葉との接続が進んでも、共通の予算や予測への統合まで完成したわけではない。
- 主要担当者への3件の正式なインタビュー、観察記録、文書などに基づく。全社員の行動や環境成果の変化を証明した研究ではない。
この論文で考えたいこと
マテリアリティ評価を見直し、重要課題を選び、指標や目標を設定する。報告書は変わったとしても、予算の配分、部門の判断、日常業務まで変わったと言えるでしょうか。
Kapplmüllerらが取り上げるのは、ダブル・マテリアリティ評価を進めた、一つの欧州企業です。著者らは、評価を開示のための作業だけでなく、組織の変化に関わる取り組みとして捉えます。その中で、目的への向き合い方、関係者の関与、責任ある対応、継続的な学習がどう結びつくかを考えています。
この研究の読みどころは、成功の条件を一覧にすること以上に、重要課題についての議論が、どの仕事や意思決定に届き、どこで止まっているのかを具体的に見ることです。事例には変化への期待と、統合が十分に進んでいない部分の両方が描かれています。
二つの重要性を見ることと、仕事を変えること
ダブル・マテリアリティ(double materiality)は、企業が人や環境に与える影響の重要性(impact materiality)と、サステナビリティの課題が企業の財務面に与える重要性(financial materiality)の両方を見る考え方です。
この二つを評価する作業(double materiality assessment:DMA)では、環境や人権の知識だけでなく、事業のリスク、財務、取引先や地域の状況など、複数の知識が必要になります。そのため、評価の進め方によっては、これまで別々に仕事をしていた人々が対話する機会にもなります。
ただし、話し合いに参加したこと、重要課題を理解したこと、実際に予算や行動が変わったことは別です。著者らは、そのつながりを組織変革の観点から考えようとします。
どんな企業を、どう調べたか
研究対象のNatureCoは仮名で、資源を多く使う事業を営む欧州の上場多国籍企業です。炭素排出、生物多様性、労働や人材などの課題に関わり、2015年に行ったマテリアリティ評価を、2021年には二つの重要性を扱う評価へと広げました。
研究の中心となる資料は、2021年から2023年に収集されています。主要な担当者への正式なインタビュー3件に加え、会話や組織内での観察に基づく記録、社内外の文書などを組み合わせています。Table 1に示される26件のフィールドノートは、26人への正式なインタビューを意味しません。
研究者は、得られた記述と理論を行き来しながら説明を組み立てる方法(abductive analysis)を用い、Kotterの組織変革の考え方を手がかりに分析しました。ただし、既存の段階を順番に当てはめるだけでなく、現場の状況や繰り返しに注目しています。
重要なのは、変化を主に語っているのが、この取り組みに関わる中心的な担当者だという点です。原著自身も、捉えているのは望まれた変化や認識された変化の語りであり、組織構造の転換を計量的に証明したものではないと認めています。
変化を考える、四つの働き
著者らは、事例から四つの働きを整理しています。日本語では、実務で何を見るのかが伝わるよう、次のように読みます。
| 原著の概念 | 実務の言葉で読むと | 事例で注目すること |
|---|---|---|
| Attitude | 何のために取り組むか、どう向き合うか | 必要性の理解、目的の位置づけ、取り組みを支える人々の連携 |
| Engagement | 関係者が関わり、力を出せること | 経営の関与、参加、信頼、知識や時間の確保 |
| Accountability | 課題への対応を担い、その判断と結果を説明できること | 方針・行動・指標・目標、測定や確認の仕組み |
| Progression | 学びを次の見直しへつなぐこと | 継続的な確認、変化への対応、実践や文化への反映 |
表は原著の四概念を読むための整理です。「意識を高め、参加させ、KPIを入れれば定着する」という四段階ではありません。それぞれが関係し合い、途中で立ち戻ることもあると考えます。
また、最初のattitudeは、社員全員の態度を質問票で測った変数ではありません。評価への向き合い方や、取り組みを組織の中で正当なものとして位置づける過程を含む概念です。accountabilityも、開示や責任者の指名だけに限定されません。
参加は、意見を集める以上の仕事になる
事例では、評価に複数の部門の同僚が参加したことが、理解や信頼を広げる契機として語られます。担当者の証言では、2021年の評価には約40人の同僚が関わりました。この人数は企業内での評価への参加者であり、研究者が調査した人数ではありません。
こうした参加には、時間も費用もかかります。異なる影響をどう評価するか、どこに重要性の基準を置くかについて、説明し合う必要があるからです。経営側の関与や、取り組みを担う人の権限も問われます。
ここから読み取れるのは、「参加人数が多いほど浸透する」という単純な関係ではありません。誰が、どの知識を持ち寄り、どこまで判断に関われるかが重要だということです。参加する機会だけあっても、必要な知識や時間、判断を動かす力が不足すれば、期待する変化にはつながりません。
財務の言葉につなぐと、何が起こるか
研究対象では、製品などのライフサイクルを通じた環境影響の情報(life cycle assessment:LCA)が、影響を評価する手がかりとして使われていました。一方、財務面からも課題を捉えることで、サステナビリティの議論を、収益、費用、リスク、資源配分の話へ結びつける可能性が語られています。
この接続には実務上の意味があります。ある環境課題の重要性を理解していても、投資や人員の配分を決める会議に届かなければ、行動が難しいためです。財務部門と共有できる言葉が増えることは、議論の入口になりえます。
ただし、原著には、財務目標とサステナビリティ目標が、共通の予算編成や予測へ十分に統合されていなかったことも示されています。財務とのつながりが語られたことと、管理の仕組みが一体化したことは同じではありません。
この点を押さえると、DMAを行えば経営統合が完成する、と読むことはできません。むしろ、課題の説明が変わった後で、予算や計画のどこまで変わったかを確かめる必要が見えてきます。
重要課題、指標、目標、行動をつなぐ
原著では、測定やモニタリングの必要性とともに、指標の定義、データの利用可能性、複雑な影響の表し方が課題になります。気候に関する目標の呼び方や定義の変化も、評価や追跡を難しくします。
実務へつなぐには、以下を区別しておくと整理しやすくなります。これは、本記事が原著の議論を踏まえて組み立てた確認表です。
| 確認するもの | 問い | つながりが切れている例 |
|---|---|---|
| 重要課題 | なぜ、誰にとって重要なのか | 課題名はあるが、影響を受ける人や場所が分からない |
| 指標(metric) | 状況や変化の何を、どう測るのか | 取得しやすい数値だけで、重要な影響を捉えていない |
| 目標(target) | いつまでに、どの状態を目指すのか | 数字は追っているが、必要な改善の水準が分からない |
| 行動と資源 | 誰が何を行い、時間・予算・権限をどう確保するのか | 目標は決まったが、実行する条件がない |
| 確認と見直し | 結果や新たな情報を、どの判断へ戻すのか | 報告はするが、行動や優先順位を変える場がない |
すべてを一つのKPIに集約する必要はありません。定量情報だけでは捉えにくい論点には、説明や対話も必要です。大切なのは、指標があるという事実よりも、その情報を使って何を判断できるかです。
直線的な実施手順として読まない
著者らは、四つの働きを、時間の中でどう進むか(processual)、組織固有の状況の中でどう成り立つか(situated)、結果を次の見直しへどう戻すか(recursive)という観点から整理します。
たとえば、新たなデータが得られることで、重要だと考える理由が変わることがあります。目標の実現に必要な費用が見えて、関係部門の参加や経営の支援を改めて求めることもあるでしょう。これらは原著の整理を説明するための例です。
Progressionという言葉も、必ず前進するという保証ではありません。権限関係、既存の仕事の仕組み、利用できる資源によって、変化は滞ったり、戻ったりします。原著の枠組みは、そうした過程を読むために使います。
他の論文とつなぐと、何が見えるか
Feder & Weißenbergerは、CSRが目標・手順や人材・文化にどこまで反映されているかを調べています。本論文を加えると、マテリアリティ評価という具体的な活動を起点に、管理の仕組みとの接続を追う問いが生まれます。
Wouters & Wilderomは、現場と指標を作り直す過程を扱い、Jordan & Messnerは、導入後の使われ方によって指標の意味が変わることを示します。DMAからKPIが生まれた後も、設計と運用を継続して見る必要があります。
また、Puroila & Mäkeläを重ねると、参加や統合が進んだように見えるときにも、誰の意見やどの影響が表に出なかったかを問い直せます。組織の変化と、判断の中身の妥当性を両方見る読み方です。
この研究から、どこまで言えるか
本論文の強みは、開示の評価手順を、組織の権限、参加、測定、学習と結びつけて考えたことです。一方、単一企業の主要担当者の語りを中心とする研究であり、全社員の行動変化や、社会・環境面の改善を独立に測定したものではありません。
四つの働きがそろえば成果が出るという必要十分条件を検証したわけでもありません。既存の変革理論を参照して作られた説明の枠組みとして、他社で何が同じで、何が違うかを検討するために使えます。
自社で確かめるなら、重要課題を一つ選び、評価の議論から予算、担当者の仕事、KPIを使う会議、見直しまで追ってみる。これは本記事の実務・研究への提案です。評価への満足度だけでは見えない、つながっている部分と途切れている部分を確認できます。
原著を読む順番
- 冒頭で、DMAを開示実務から組織変化へ広げて考える理由を読む。
- 研究方法とTable 1で、正式なインタビュー、観察記録、文書の違いを確認する。
- 事例の四概念を読み、担当者が語る期待と、具体的な実践を区別する。
- 財務との接続の記述では、議論の変化と、予算・予測への統合が未完である点を併せて読む。
- Table 3と考察で、四つの働きが直線的な段階ではないことを確認し、結論の限界まで読む。
読み終えたら、三つの問い
- マテリアリティ評価で変わったのは、報告内容、認識、予算、仕事のうち、どこでしょうか。
- 重要課題に対応する人には、必要な知識・時間・権限・資源があるでしょうか。
- KPIの結果や現場の異論を、目標や重要課題の見直しへ戻す場があるでしょうか。
対象論文
Double materiality at work: pathways to organizational change
Kapplmüller, S. B., Lehner, O. M., & Greiling, D. (2025). Accounting, Auditing & Accountability Journal, 38(9), 460–490.
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応用例・読後の問いは本記事の考察です。