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現場が使えるKPIは、どう育てるのか

経験を持ち寄り、測り方を試し、仕事に役立つ指標へ

縦断的な現場研究と開発への参加(longitudinal field study)

仕事を助ける制度化(enabling formalization)経験に基づく開発(experience-based development)試行と修正(experimentation)
この記事の目次
  1. この論文で考えたいこと
  2. KPIが、現場自身の道具になるとは
  3. どのような研究か
  4. 指標を育てる、三つの手がかり
  5. 具体例:倉庫の「1時間あたりの搬送数」を作り直す
  6. 参加は、指標の中身を変えるためにある
  7. 全社共通の仕組みと、現場の工夫はどう両立するか
  8. 社内浸透への応用:KPIを決める前に、一度使ってみる
  9. この研究の限界と、次に読む論文
  10. 原著を読む順番
  11. 読み終えたら、三つの問い
  12. 北田の視点
  13. 対象論文・出典

まず押さえたいこと

  • 現場の参加は、指標を受け入れてもらうためだけでなく、仕事を適切に測るためにも意味がある。
  • 既存の経験、試行と修正、仕事を改善しようとする姿勢に加え、測定の仕組みを理解できることが重要になる。
  • 研究者も指標開発に参加した単一企業の研究。参加の効果や、CSRの成果を実験的に確定したものではない。
経験を持ち寄る既存の測定や、仕事の進め方を調べるexperience-based development
試して修正する定義・データ・見せ方を実際の仕事で試すexperimentation
改善する姿勢を支える仕事の質を高めようとする関心を活かすprofessionalism
数値の成り立ちと業務との関係が分かることも、仕事に役立つ測定の条件として検討する。
原著が検討した開発上の特徴に基づく整理。三段階の実施手順や、成果を保証する条件ではありません。

この論文で考えたいこと

KPIを決めた後、説明会を開き、現場に理解してもらう。この順番は自然に見えます。しかし、測られる仕事をよく知る人が、定義やデータの取り方を考える段階に参加していなければ、説明を増やすだけでは解けない問題が残るかもしれません。

WoutersとWilderomが調べたのは、飲料メーカーの物流部門で、業績を測る仕組みを約3年かけて育てる過程です。担当者たちは、上から渡された数字を報告するだけでなく、自分たちの仕事に役立つ指標を求め、その作成や修正に関わっていました。

中心となるのは、現場の参加を、納得してもらうためだけでなく、仕事をより適切に測るために位置づけるという考え方です。社内浸透を、説明や研修から、日々の仕事の仕組みへ広げて考えるときに読みたい論文です。

KPIが、現場自身の道具になるとは

業績を測り、報告する仕組み(performance-measurement system:PMS)は、経営者が部門の状況を知るために使われます。同時に、現場の担当者が、仕事の問題を見つけ、改善策を考えるためにも使えます。

著者らが注目するのは、社員から見て、仕事を進める助けになる業績測定の仕組み(enabling PMS)です。数値の報告を求めること自体を否定しているのではなく、測られる側もその情報を使い、必要に応じて仕組みを改善できることを重視します。

ここでの「助けになる」は、目標が易しい、評価が甘いという意味ではありません。自分たちの作業がどう測られているかを理解し、その情報から次の行動を考えられるということです。

どのような研究か

対象は、中規模の飲料メーカーの物流部門です。約150人が、調達、配送、資材管理、包装開発などの仕事に携わっていました。研究者は2002年8月から2005年6月まで、会議への参加、インタビュー、社内資料の検討に加え、指標の開発そのものにも関わっています。

このように、実践の改善に参加しながら知見を得る方法を、実践への介入を伴う研究(action research)と呼びます。研究者と研究補助者は、観察者であると同時に、測定や報告を整える協力者でもありました。

質問票調査も2回行われています。第1回は42人、第2回はそのうち39人に新たな1人を加えた40人でした。部門の管理者らが構成を検討したパネルであり、社員を無作為に割り当てた実験ではありません。

質問票で測ったのは、指標への受け止め方や、仕事の質を高めようとする姿勢などです。現場の社員は概して指標に好意的で、より充実した測定を望んでいました。ただし、これだけで「参加によって好意的になった」「利益が増えた」と因果関係を確定することはできません。

指標を育てる、三つの手がかり

原著は、既存の経験を生かす開発、個々の指標の試行、社員の仕事に対する姿勢に注目します。さらに、測定の仕組みを理解し、自分たちで扱えることの重要性を示しています。

手がかり原著での意味読むときに残したい区別
現場の経験から育てる(experience-based development)すでにある工夫、知識、測り方を調べ、測定の仕組み全体を改善する既存の指標をすべて残すことではない
個々の指標を試す(experimentation)定義、データ、計算、表示方法を実際に使い、繰り返し修正する完成品を一度だけ説明することとは異なる
仕事の質を高めようとする姿勢(professionalism)自分の専門性や組織への関与を通じ、仕事の改善に取り組む資格の有無や職位を測ったものではない

質問票では、仕事の質を高めようとする姿勢と、指標への肯定的な受け止め方の関連が示されています。一方、経験を生かすことや試行の働きは、主として質的な事例分析から説明されています。三つを同じ方法で測り、それぞれの独立した効果を比較した研究ではありません。

具体例:倉庫の「1時間あたりの搬送数」を作り直す

この論文の読みどころは、倉庫と構内輸送の指標を開発する場面です。担当部門は、作業の効率を知るため、労働1時間あたりの搬送数を測ろうとしました。倉庫管理システムには搬送指示と作業時間のデータがあり、比率そのものは計算できました。

ところが、実際の仕事には、システム上の搬送指示に表れない作業がありました。特定のパレットの向きを変える、車両を移動する、輸出用コンテナを閉めて封をする、といった付随作業です。これらを無視すると、必要な仕事を多くしている人や時間帯ほど、効率が悪く見える可能性があります。

そこで、30を超える付随作業のリストを作り、フォークリフトの運転担当者に、作業時間の見積もりや不足項目の追加を依頼しました。最終的には、付随作業の負荷を搬送数に相当する量へ換算し、測定へ反映しています。

修正はそこで終わりません。週ごとの検討では、付随作業を毎回見積もるべきか、一定の推計を使えるか、現場の実感と結果が合うか、グラフが分かりやすいかを確かめました。目標の前提が実際の工程と合わず、目標を調整した場面もあります。

さらに、表示の名称も改めています。部門全体の「効率」と広く名づけるのではなく、何を測っているかが分かる「労働1時間あたりの搬送数」へと具体化しました。数字の作り方だけでなく、その数字が何を意味すると読まれるかも、開発の対象だったのです。

参加は、指標の中身を変えるためにある

この事例を「社員を巻き込むと抵抗が減る」とだけ読むと、重要な部分を落とします。現場が参加したことで、測定対象から抜けていた作業が見つかり、計算と表示が改善されたからです。

著者らは、社員の経験を生かし、指標を試すことを、その場の仕事を妥当に、安定して、理解できる形で測るための過程として位置づけています。社員の納得と測定の質は、別々の問題として処理されるのではなく、開発の中で結びついていました。

もちろん、社員の希望をすべて採用するという話ではありません。実際の作業との対応、データの取りやすさ、他の部門との関係を検討する必要があります。現場の意見は、無条件の決定権ではなく、測定を改善するために欠かせない知識として扱われています。

全社共通の仕組みと、現場の工夫はどう両立するか

研究期間中、会社全体では、共通の形式による業績測定を進める取り組みが始まりました。物流部門で段階的に育ててきた方法と、全社で早くそろえたい要求の間には緊張が生まれます。

また、物流部門の上位管理者が必要とする指標と、現場の管理者が必要とする指標も、完全には同じではありませんでした。開発には管理会計の担当者や情報システムの支援が必要で、限られた時間をどこへ配分するかが問題になっています。

ここで重要なのは、現場に意見を求めるだけでは、参加の条件が整わないことです。指標の作成に使える時間、データを扱う技能、利用しやすい情報システム、専門担当者の支援が必要になります。研究対象では、現場の管理者がデータを記録し、報告を作り、指標を見直せるようにすることも重視されました。

「自分たちで使う指標にする」ためには、それを扱う資源と能力も必要です。 すべてを現場任せにすることとは異なります。

社内浸透への応用:KPIを決める前に、一度使ってみる

以下は本記事の応用例です。サステナビリティの研修参加率を測るとき、その数字で知りたいのは、情報が届いた範囲でしょうか。仕事で判断できる人が増えたことでしょうか。後者を知りたいなら、参加率だけでは足りません。

あるいは、廃棄物の削減を測る場合、削減量の集計とともに、現場がどの発生原因を変えられるかを確認したくなります。測定期間や対象工程を変えると、改善が見えるかどうかも変わりえます。

試行で確かめたいこと実務上の問い
指標の目的この数字を見て、誰がどの判断をするのか
捉えている仕事必要な作業や別の重要な成果が抜けていないか
実際の使いやすさデータを継続して集められ、結果を説明できるか
修正の条件現場の指摘を受けて、定義や表示を誰が変えられるか

これは原著が検証したCSR向けの手順ではありません。測定の開発を、現場の知識を使う機会として読み替えたものです。Podgorodnichenkoらの能力・動機・機会という視点と合わせると、参加を求める前にどのような支援が必要かを考えられます。

この研究の限界と、次に読む論文

対象は一社の一部門です。もともとの改善姿勢、部門長の支援、研究者や学生の関与など、この現場特有の条件があります。研究者が開発に関わっていることは、詳細を知る強みである一方、観察や解釈への影響を検討すべき点でもあります。

また、現場とともに指標を育てる方法は、時間や人材を要します。著者ら自身、どの組織でも同じように実行できるわけではなく、既存の測定が安定している場合などには必要性も異なるとしています。

さらに、よい開発過程が、その後の運用を保証するわけではありません。Jordan & Messnerは、導入後に評価の圧力が強まると、指標への受け止め方が変わる過程を追っています。二本を合わせると、作るときの参加と、使い続けるときの裁量の両方が見えてきます。

原著を読む順番

  1. 冒頭の問題設定で、経営者による監視と、社員自身の仕事への有用性を区別する。
  2. 「Research method」と「Panel survey」で、実践への参加と質問票調査をどう組み合わせたかを読む。
  3. 倉庫・構内輸送の指標を試す事例から、付随作業、目標、表示のどこが修正されたかを追う。
  4. 内部の透明性を扱う部分(Internal transparency)と部門長の発言から、知識・権限・支援の関係を読む。
  5. 「Conclusions」で、参加を測定の質へつなぐ主張と、その方法が資源を要するという条件を確認する。

読み終えたら、三つの問い

  1. KPIで測られる人は、定義を決める段階と、修正する段階の両方に関われていますか。
  2. 現場の参加によって、実際に何が指標へ追加され、何が変更されたでしょうか。
  3. 自分たちで測定を改善するための時間、技能、専門家の支援はありますか。

北田の視点

現場の異論を、測り方を改善する知識として扱う

書籍の第7章の「行動できる環境」を、KPIを直せる環境としても読んでみます。数字への違和感が出たとき、定義の説明を繰り返すだけでなく、どの仕事が数えられていないかを一緒に見てみたい。現場が指標に合わせることと、指標が現場を適切に捉えることの両方が必要です。

その参加には、試す時間、データを扱う支援、変更を認める手続きが要ります。意見を聞く会議の回数だけでは、参加の深さは分かりません。提案によって測り方や仕事の判断が実際に変わったかまで確かめると、浸透を行動できる条件から考えられます。

書籍とのつながり

『サステナビリティ戦略の実装』北田皓嗣・安藤光展

  • 第7章「行動できる環境づくり」
  • 第9章「社内浸透のプロセスのデザイン」

対象論文

Developing performance-measurement systems as enabling formalization: A longitudinal field study of a logistics department

Wouters, M., & Wilderom, C. P. M. (2008). Accounting, Organizations and Society, 33(4–5), 488–516.

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本文に基づく解説のデモ稿 · 2026年9月7日
応用例・読後の問いは本記事の考察です。

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